154:温泉戦闘3

イヴァンを追いかけている男性陣の様子を少し遡(さかのぼ)る。

イヴァンは風をまとい、付与魔法で身体能力を強化して、魔法ブーツで確実に床を捉(とら)えて疾走している。
なんと獣人たちでも距離を詰めることができない。
驚愕の機動力だ。

「俺は魔物型で走る。ネコ科の二人、戦闘指示の通訳を頼んだぞ」

ロベルトがそう言いながら、大きな雪豹(スノーパンサー)に変身した。
見事な雪色(フロスティブルー)の毛皮がヒカリゴケの光を反射して繊細に輝く。

「承知しました」

「分かりました!」

炎獅子、金色猫であるレグルスとルーカが返答する。

(そっか。もともと氷山で生活していたロベルトさんは、つるりとした床でも安定して走れる。むしろ彼のフィールドとも言えるかもしれない)

ルーカは(うん。走りが安定している)とロベルトを視る。

単身飛び出していったロベルトは、イヴァンとぐんぐん距離を縮めていく!

「ねー。ボクたちもー、半獣人くらいになるー?」

「やめとけ、ハマル。訓練ブーツの歩行補助がある今の方が、俺たちにとっては走りやすいはずだ。
ハマルの蹄(ヒヅメ)も、獣人の肉球も、草とかでデコボコした地面で走ることが得意だから。
この鍾乳洞の床で滑って転んで頭打つ、なんてルーカみたいな姿は晒したくないだろ? こんな場面でカッコ悪いし」

「ちょっと待ってオズワルド。僕はそこまでの醜態は晒してなかったよ!?」

思わぬ横からのからかい言葉に、ルーカがツッコミを入れる。

「真面目にやれ」

「ですよね」

貧乏くじを引いたルーカはじっとり半眼になりつつ、レグルスに返事をした。

『スキル[氷爪]、[切り裂き]!』

ロベルトの攻撃がイヴァンに繰り出される!
イヴァンは最高級品のマジックロッドの能力で小さな鏡を出現させて、後ろを振り向かずに状況確認。

まず、ロベルトの攻撃を、自分の身体が耐えられるギリギリの範囲で受け止めた。
脇腹にざっくり穴が開き、鮮血が飛び散る。
ごりっと骨が変形、氷結している。ギザギザの氷の角が傷口に当たり、激痛を与えた。

「ヒュゥ!」

ドリューが思わず口笛を吹くが……ロベルトは警戒を緩めない。
イヴァンはどこか悦んでいるように見えたのだ。

(この大怪我を、戦闘のスパイスとして楽しんでいる……だと?)

にいっ、とイヴァンが口角を上げたことで、警戒度を最大に引き上げた。

隙なく追撃をしようとしたロベルトに、氷の一閃が襲いかかる。

「スキル[復讐]」

『ーーーーッ!?』

イヴァンは、先ほどの[氷爪][切り裂き]を全く同じクオリティでロベルトに繰り出した!
たくさんの戦闘を経験しているロベルトでさえ初めて聞く、ヒト族の上位闇職の特別スキル。それもごく至近距離。

跳躍して避けようとするが、これは[復讐]。
”同じだけの傷を相手に負わせる”。

復讐の一閃はロベルトを追尾して、雪豹の胴体にはざっくりと傷が入った。

毛皮が赤く染まり、”グオオオオォン……!” と苦しそうな獣の咆哮が鍾乳洞に響く。

「はッ!? なん……だとぉっ!?」

「ロベルト隊長!」

部下たちが青ざめて声を上げる。

間の悪いことに、回復スキルを持った人物がこの場にはいない。
護衛部隊のリーカが回復と補助の担当なのだ。
ハマルたちも派手な高火力攻撃を得意としている。

「(くっ。なにか手段は……! これしかないな)回復は僕がやります。皆さんはイヴァンを引き続き追って下さいっ」

ルーカが声を上げた。
みんなが後ろ髪を引かれながらも走り続けるのを見送り、床に倒れてしまったロベルトに駆け寄る。
マジックバッグからすばやく魔法瓶(レナの日本からの愛用品)を取り出した。

「痛くないですから」

荒い息を吐くロベルトに、薄茶色の液体をドボドボとかけてやる。
すると…………瞬く間に傷が綺麗にふさがってしまった!

起き上がったロベルトが足踏みしてみて、傷が痛くないどころか日々の業務の疲れすら全快していることに愕然(がくぜん)とする。

『それは、一体……!?』

「紅茶です」

『紅茶!?』

「粗茶ですが」

それ以上は言う気がないとアピールするように、ルーカが走り出す。
ロベルトは疑問全てをぐっと飲み込んで疾走し、ルーカを追い抜き、またみんなの先頭に躍り出た。

まるで元気な様子のロベルトの後ろ姿を見て、部下たちがかくんと顎を落とす。

『心配をかけたな。すまない。今の俺は絶好調だ。
あの死霊術師(ネクロマンサー)を傷つけるのはまずいらしい。捕縛の方向で動くぞ。
ドリューは進路妨害、クドライヤはゴーストローズの能力で生気を吸い取ってくれ』

「通訳する」

レグルスが上司の意思を仲間に伝達する。

「「承知しました!」」

護衛部隊が動き出した。

風で自身を包んで移動し逃げ続けていたイヴァンが緑色の光をまとう。

「……ふむ。なかなか興味深い。
あの切り傷を魔法薬のみで治療してみせたのか。しかもすぐこのように動き出せるとは、薬の副作用がないように見えるな。
切り傷も身体の欠損も、高価な魔法薬ならば治せるものもあるが、気が狂うほどの痛みにのたうち回るのが一般的だ。
このように」

イヴァンは眉をぎゅっと顰めて、苦悶と恍惚を混ぜたような表情をしている……。
自分に、国属魔術師が使うようなハイレベルな回復魔法をかけてみせた。
マジックロッドが輝かしい光を放つ。

イヴァンは風の膜を解き、足元だけに風をまとわせてまた地面を歩み始めた。だんだんと足取りがしっかりしてきて、速度が増す。
緑色の光がパッと拡散したため皆が眼を見張る。イヴァンの大怪我も綺麗に完治していた。

「げぇーっ!? あいつ、回復手段まで持ってんのかよー!」

「それにまるで痛みを感じていないみたいだな。不気味だ……」

護衛部隊が歯噛みする。

イヴァンは自分の趣味でこれまでにも何度も大きな傷を負い、負傷した時の動き方にも慣れていた。
そして日々悪運に苛(さいな)まれている影響で、メンタルが強靭になっていたのである。
痛みを好む性癖と、王宮で与えられた魔道具の回復の力を併せ持ち、あらゆる意味で怪我に強い。

「あのイヴァンを”殺す”なら、首を撥ねるしかなさそうですね……」

ルーカが目を細めて、重く呟いた。

『それも選択肢に入れよう。確実な致命傷を一撃か、もしくは捕縛だな』

ロベルトが了承する。

『しかし、致命傷にまで至らなかった場合に渾身の攻撃をまたスキルで返されるのは危険だ。
まずは堅実に捕縛を目指す』

「「はい」」

ルーカ、レグルスの返事を確認して、再びロベルトがイヴァンに迫る!

『氷魔法[アイスメイク]』

イヴァンの足元にロベルトの魔力が漂い、

「風魔法[旋風]」

イヴァンは風を強くすることで技を防ごうとしたが、ロベルトの魔力が勝ち、分厚い四角の氷が作られて獲物の動きを強制的に止めさせた。
おっと、とさすがにイヴァンもバランスを崩す。

「青魔法[アクア]」

ドリューが慎重に唱えると、最初期呪文のアクアは膨大な水を作り出し、イヴァンの行く先のあらゆる通路を塞いだ。
通路は水で埋まる。
ラミアは水蛇に近く、水中でも呼吸できるので、この環境変化によるダメージはないだろう。

深海の竜宮務めだったリュウグウノツカイの魚護人(マーマン)は、水を作り出す時に大きな威力補正がある。

ゆらり、とクドライヤが黒の霧をまとった。
ゴーストローズが花開く。

「[|魂喰い(ソウルイーター)]」

イヴァンの生気を吸い取る。
くらりとイヴァンの視界が揺らぐ。

「……これは……なかなか、珍しい感覚だ」

そう言って、攻撃を遮るために晶文(しょうぶん)を素早く唱える。

「……”汝、闇の領域に足を踏み入れるべからず……[シャドウ・ホール]」

隙なく二段構えだ。
まず短文の晶文結界で、物理攻撃を防ぐ。ロベルトたちの戦闘力を侮ってはいない。

「ーー”汝、闇の領域に足を踏み入れるべからず……
我は境界を操る者
我は現世(うつしよ)と幻世(げんせ)を別ける者
現世(うつしよ)は楽園 そして地獄
幻世(げんせ)は虚無 そして那由多
汝、現世に絶望し、闇を請うか?
我は橋渡しをする者
懇願は、未だ我に届かず……”」」

イヴァンは強度が増した完璧な結界に包まれた。

安全地帯で、マジックバッグから魔力回復の劇薬を取り出すと、ごきゅっと一思いに飲み干す。

頭は多少ぼんやりしているが、急激に魔力が身体をめぐって、むしろ体調は回復したくらいだ。
本来なら副作用として頭の中が真っ白になり、数日意識が飛ぶこともあるのだが、【☆4】[並列思考]ギフトを持つイヴァンは負荷に耐えてみせた。

イヴァンのマジックバッグの中には、モレックが「緊急の時のための高級品ですから使いどころは考えるように」と念押しした珍しい魔道具がどっさり入っており、現状じゃぶじゃぶと使っている。

結界の周りをロベルトたちが囲む。

「ふむ。どう切り抜けたものか」

まだ十分逃げ切るつもりでいる発言をすると、睨む視線をものともせずに周囲をきょろきょろ見回し、くんくん、とイヴァンが鼻を動かした。

「死体のにおいがするな」

「!?」

「生きたまま血を絞られたコウモリか。遺恨の念を持っている。
死霊術師(ネクロマンサー)の俺は死体臭が嗅ぎ分けられるのだ。
ーーさあ、どうすると思う?」

イヴァンが問いを投げかける。
窮地に追い込まれたことを愉しむように、くっ、と口角を吊り上げた。

マジックロッドを大きく円状に振り回す。
ひと振りにつき一つの魔法陣が出来上がって、スキルの遠隔化を可能にするマジックロッドの力で、魔法陣が壁や地面にはりついた。はるか遠方にまで。

ロベルトたちに緊張が走る。

「スキル[|亡者の再誕(ザ・デッド・リバース)]」

▽イヴァンは 呪文を 唱えた。
▽鍾乳洞のあちこちから おぞましい呻き声が上がる……

▽魔法陣から、ドロリとした 黒色の死体が現れた。
▽灰色の骨格に イヴァンの魔力の黒肉を 纏っている。

「……おや。アンデッドの一体が、赤い光を見つけたようだ」

「!?」

「お前たちよりもそちらに興味がある!」

そう言うと、イヴァンはまた杖を振りかざす。

「スキル[|融合遊戯(キメラメイク)・アンデッド]」

「ーーーッ!?」

ロベルトたちが息を飲む。
現われ出た不気味なアンデッドたちは、近くにいる者とぐちゃぐちゃと混ざり合った。
大型の奇形アンデッドとなる。

イヴァンは結界を縮小させ、特別大きなアンデッド一体を、身体の下に滑り込ませた。
そのまま移動、水路につっこむ!

「マジなのあいつ!? くっそ、このアンデッド攻撃してもまるで効いてないみたいだぞッ」

「生気を吸収することもできないな……それに、触れたところが痺れる」

ルーカが視る。

「アンデッドは毒持ちです。気をつけて!」

ハマルとオズワルドに、アンデッドの一体が防御をかいくぐって襲いかかった!

『『危ないっ後輩よー!』』

クーイズがスライムに戻り、二人をドーム型に覆う。
その面積全てが”クチ”である。
毒は美味しいスパイスとして問題なく[溶解]してしまう。

ルーカが頷く。

「クレハとイズミがこのアンデッドを倒すのに一番向いているね。
どれだけアンデッドを分解してもイヴァンは[並列思考]により全ての制御を手放しません」

「らしーね! まったく嫌だな」

クドライヤが風を操り、この空間のアンデッドを一掃(いっそう)してみせたが、アンデッドはすぐさまぶくぶくと泡立ちながら元の合成死体に戻ってしまった。
核のようなものはなく、本来ならば、形が崩れた時点で死霊術師(ネクロマンサー)が制御を保てなくなるものだ。
しかし、相手が悪すぎた。

「あの死霊術師(ネクロマンサー)、コウモリのアンデッドを魚型にして水の中を進んでますよ!? 非常識極まりねーっす!」

『追え、ドリュー!』

ロベルトがドリューを弾き飛ばすように頭突きし、ドリューは「ぎゃーーっ」とぶっ飛びながら魚護人(マーマン)の姿に変身して入水した。
ごくりと生唾を飲み込み、最前線でイヴァンを追う。

ここでレナの思惑がルーカの脳内に届いた。

(えっ。マジックバッグの中に、攻撃を入れ込んで欲しい?)

相変わらず発想が規格外だな、と改めてルーカは驚いた。

(なるほどね。マジックバッグの内部はキラが管理しているから、女湯で自在に取り出すことが可能ってことか。
異空間での保存に向いた攻撃は……っと)

ルーカがあれこれ瞬時に考えて、いくつかのアイデアを思いつく。

「オズワルド、レグルスさん」

「「何?」」

並走しながら声をかけると、二人の返事が重なる。
思わず二人が顔を見合わせて、なんとなく背ける。
ルーカは事情を話す。

「へぇ。主さんらしいな」

「承知した。協力しよう」

快諾を聞いて、ルーカはすぐさまたくさんの丸型の[サンクチュアリ]を作り上げる。
少しだけ隙間を空けておく。

「キサ姫を焼いた時と同じように。中に火を入れて」

「「炎魔法[オーバーフレイム]!」」

▽赤と青の炎が収まった 灼熱球が 完成した。

オズワルドは白炎化させないように慎重に、なかなか見せ場がなかったレグルスはどこか嬉しそうに魔法を使用した。
ルーカがサンクチュアリごと、マジックバッグに炎をしまう。

(女湯のみんなは危ない状態みたいだね……。絶対駆けつけるから、それまで持ちこたえて、レナ!)

レナからは頼もしい返事が返ってきた。
誇らしいよ、と考えながら、ルーカは仲間とともに足を速めた。

 

 

 

 

 

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