148:ラミア姫の炎上

「姫さん。シヴァガン王国の人らが来てくれはったよ」

レーヴェが声をかけながら室内に入っていく。ベッドで眠る姫君から返事はない。レーヴェは寂しそうに微笑みながら、かけ布をすべて取って畳む。

「姫さんのお気に入りのブランケットやからね。これまで燃やしてしまったら、ウチ怒られてしまうわぁ」

まだまだ姫様は子どもっぽくて八つ当たりされることもあるから、とレーヴェは言う。楽しそうに。少しくらいワガママでも、彼女にとっての可愛い子なのだろう。

(実の子どもなのかな?)

レナが考えると、ルーカが反応する。

(違うみたい。ラミアは同種族を姉妹と捉えるから、その中で特に優秀な個体が生まれたならその子が姫様、次期族長となる。
男性がこの場にいないのは、ラミアは子どもを身籠もると里に帰ってしまうからなんだよ)

(夫婦という概念がない種族ということですか……? 女性だけで子育てするんですね。なんだか、メドゥーサ一族と似てます)

(よく気づいたね。彼女たちは血統が似ているんだ。
太古時代の七つ首の蛇の魔物から、二つの道に分かれて進化した。
ラミアは美貌を重視し、メドゥーサは瞳で視る内面を重視する傾向がある。正反対だから種族の仲はあまり良くないよ)

レナが驚いて、リーカを振り返ってしまった。
不思議そうに視つめかえされたので、あわててにこっと誤魔化し笑いする。

「レナちゃんも緊張しちゃうよね。オズワルド坊ちゃんと一緒に頑張ってくれる?」

「は、はい」

上手くフォローしてくれた。レナが不自然にあわてていたのは分かっただろうが、踏み込まないよ、ということだろう。
レナはほっと胸をなでおろして、キラが満足げにチカチカ光る。

「あら。お嬢ちゃんの胸元」

「えっ」

「綺麗な首飾りやね」

キラの光を反射して、それぞれの呼び笛が目立ってレーヴェに気付かれてしまった。
オシャレ好きな彼女は、レナパーティの珍しい服装に興味津々のようだ。
ローブの高級生地も見抜いた。
ありがとうございます、とこちらにも愛想笑いしてレナは誤魔化す。

「姫さんの服はもう燃えていいものに着替えさせたから」

レーヴェが「脱皮、頑張るんよ」と言って姫君の頬を撫でる。

レナたちがゆっくりと姫君に近づく。
綺麗な顔立ちの黒髪の幼女。シンプルな白装束を着ている。瞼は硬く閉じられていて、長い睫毛がピンと上を向いていた。
顔は蒼白で、人形かと疑ってしまうほど呼吸が弱い。

(シュシュやオズくんもこうなっていたかもしれないんだ……)

レナがぞわりと肝を冷やす。
ハマルは難しい表情で、頬を膨らませている。

「メドゥリ・アイのリーカと言います。姫君の状態を視させて頂きますね」

リーカが一歩前に出ると、レーヴェはあっさり場所を譲り「お願いね」と診察を許した。
しかしお互いに視線は合わせなったので、種族的な相性の悪さは本当なのかも、とレナは眉尻を下げる。

リーカの額の第三の目が開く。

「ーー視ました! 魂は善の光を宿しているけど、黒い靄(もや)が纏(まと)わり付いている。他者の介入が考えられます。報告されている幼児誘拐事件と同じ。
姫君は衰弱しているけれど、ギフトにより焼身に耐えられると確認しました。
オズワルド坊ちゃん。炎の温度は私が見極めるわ。今まで使ってきた業火なら姫君は耐えられるけれど、脱皮ギリギリの火力に留めてほしいの。
できるだけ体力温存させてあげたいし、髪も守ってあげたいから。
皮膚だけ焼けるように調整する」

「分かった」

オズワルドが緊張しながらリーカの隣に並ぶ。
リーカの姫君への気遣いに、レーヴェが目を見張った。

レーヴェを不安にさせないようリーカは明言しなかったが、「これまで以上の火力を出さないように気をつけて」と視線でオズワルドに語りかけている。
クレハがなんとなく「おーよしよし」と聖霊を落ち着かせるようにお腹のあたりを撫でた。

「結界は僕が張ります」

ルーカも前に出て、三人以外は少し後ろに下がる。

「こうしている間にも姫君は苦しんでいますから、すぐやりましょう。光魔法[サンクチュアリ]」

姫君は真四角の結界に包まれた。
ルーカは器用に小さな隙間を空けておく。

オズワルドがすぅーーっと息を吸って、吐いて、深呼吸した。
この場では冷静に、半獣人の姿に変身する。

「スキル[炎の毛皮]……赤魔法[フレイム]」

オズワルドの毛皮が、ボウッ! と青い炎を纏(まと)う。
この状態の方が、一緒に扱う炎の温度管理がしやすいとレグルスが助言したのだ。

[サンクチュアリ]の抜け穴に滑り込ませるように、フレイムの炎が放たれた。
ボウッ! と、花のオイルが染み込んだ白装束が燃え上がる。
レナたちが息を飲んで見守る。

オズワルドは徐々にフレイムの温度を上げていく。

「!?……えっ? 炎の一部が青白くなってる……? あんなん、見たことないわぁ」

オズワルドの炎と髪の一部が純白に染まり、レーヴェが驚いたように目を見開いた。

部屋の中はフレイムの熱で高温になり、ロベルトとドリューが水と氷の粒子を浮かべて、仲間を包んで対応した。
オズワルドの周辺ではそれすら、ジュワッと熱に上書きされてしまうため、ルーカ・リーカは汗を滲ませている。

リーカの指示でオズワルドは魔力を込め続け、

「ここまで!」

集中して炎への魔力供給を切ると、ルーカが素早く結界を閉鎖した。

炎が結界いっぱいに広がり、青白い真四角の箱ができあがる。
魔法の炎が一定の温度で燃え続け、[壮絶耐久]ギフトを持つ姫君の皮膚を黒焦げにしていく。

ーー黒焦げの皮膚がパリパリと音を立てて割れ始めた。

魔眼で炎の中を覗いてしまい、レナは口元を抑えてカタカタ震えながら耐える。
視覚の衝撃がすごい。見た目はヒトが焼ける様子そのものなのだ。
感覚共有はまだ完璧にコントロールできないため、分厚い炎はレナの視線を遮ってはくれない。
幼児たちがレナに寄り添ってくれた。

「もう脱皮できそう。消火を始めましょう」

リーカの一声で、ロベルトが分厚い氷のドームを創り、結界を覆う。
現在のサンクチュアリが解除されて、さらに氷のドームの外側に新しい一枚光の聖結界が作られた。
この間、わずか一秒ほど。

……ゴウッ! と青白い炎が溢れ出し、氷のドームを溶かしてしまう。

「ぐっ」

ルーカが顔を顰めて耐え、ようやく鎮火した。
サンクチュアリの中に、もくもくと水蒸気がこもっている。
リーカが最後の火種の消滅を確認してから、結界が解かれた。

「姫さん……どうや?」

レーヴェが黒焦げの人型に駆け寄り、ふわっと上質なかけ布で包んであげた。
黒髪は焼けておらず、絶妙な火加減だったのだと驚く。
ラミアは脱皮するために肌の方が熱を持ちやすくなっているのだ。

パキ、と乾いた皮膚に大きな亀裂が走る。

パキパキ、パキパキ……パラ、っと皮膚が落ち始めた。
黒い皮がどんどん剥がれていく。
胴体の蛇の尾のウロコも。

剥がれ落ちた下からは、玉のような白い柔肌、みずみずしい緑と紫のウロコが現れた。

「…………んんっ」

「姫さん!」

姫君が声を発して、レーヴェが歓喜する。
ここ一ヶ月ほどなかったことだ。
ずっと眉を顰めて苦しげに浅く呼吸するだけだったのだから。

まぶたが持ち上がり、姉妹によく似た黄緑の瞳がはっきりと意志を持って輝く。

「…………レーヴェ? なぜ、妾(わらわ)にすがって泣いておるのじゃ?」

「ああ良かった! もう、みんなに心配かけて……姫さんのアンポンタン」

「な、なにをぉっ!?」

労わるように優しく、レーヴェが姫君をふんわりと抱きしめている。
不思議そうにぱちくり瞬きしている幼女はとても元気な様子で、レナたちの治療は成功と言えそうだ。

(良かった)

全員がほっと目元を和らげる。

「……肌が黒く煤けておるのぅ。本当に、何事なのじゃ」

「まぁ、何も知らなくて呑気やこと」

レーヴェがふうっと息を吐いて、黒い皮膚のかけらを払い落としてあげた。

「姫さん、脱皮したんよ」

「……だ、脱皮!? 今までどれだけ長風呂しても変化なんてなかったのに……」

「彼らが助けてくれたわ」

レーヴェは姫君の額にちゅっとキスすると、かけ布の前を寄せて身体を隠してやり、レナたちと対面できるように抱擁を解いて横に退いた。
レナパーティと護衛部隊、ギルド長が会釈する。

「ふむ、このラミアの里にこんなに大勢の来客とは初めてではないかのぉ。
それに族長の部屋にまで入ってくるとは珍しいこともあるものじゃ」

腕組みした姫君がもったいぶって、うんうんと頷く。

「今はそんな悠長に姫さんの言葉遊びにつきあってあげられへんよ。さあ挨拶して」

レーヴェが額を小突く。
なかなかの威力だったらしく、姫君は額を押さえた。

「うっ!? ……ごほん! 挨拶が遅れたのぅ。妾はラミア一族の次期族長、キサという。
状況がよくわかっていないのじゃが……妾の脱皮を手伝ってくれたとのこと、感謝申し上げる」

姫君ーーキサは微笑んでお礼を言ったが、まだ状況が把握できず混乱しているようだ。
こんなに多くの他人に会ったのは初めてで、落ち着かなさそうにそわそわしている。

ロベルトが一礼して前に出る。

「キサ様。無事にお目覚め下さって安心しました。
私はシヴァガン王国より参りました、雪豹のロベルトと申します」

「雪豹……? 熱気が苦手なのではないか? それなのにこのラミアの里に代表としてやってきたのか?」

「姫さん。まずは相手の話を全部聞くこと」

レーヴェに族長マナーを教育されて、キサが慌てて口元を両手で押さえた。
かけ布が少しはだける。

「キサ様、私から説明させていただきます。
まず、ラミアの里から我が国に救助要請がありました。
キサ様がもう長い間悪夢にうなされて、目覚めないのだと。
そこで脱皮による体力回復を期待して、業火で御身を焼くことを族長が望まれたのです。
我々は業火を扱うことができる冒険者レナパーティと共に里を訪れて、先ほど焼身処理を終え、貴方が目覚めました。
私が代表を務めたのは、氷魔法に長けているため鎮火できると判断されたからです」

キサがかくんと顎を落とした。

「……そういえば、ずっと悪夢を見ていたのじゃった……」

「忘れてたん? 姫さんは本当にもう、その場のテンションで生きてるんやから……。
ねぇ、姫さんはね、人の弱みに付け込んで悪夢を見せる悪者の干渉を受けていたかもしれないんよ。
持ち直しの早い姫さんがずっと眠り続けるほどの悩み事……どうしてウチに相談してくれへんかったん?」

レーヴェが不満げに問うと、キサはウッと口ごもる。
ちらりちらりとレーヴェを眺めて、唇を尖らせた。

「……レーヴェには絶対に理解できない悩みじゃ。言わぬ」

「なんやて!? こんなに心配してるのにっ」

「言わぬったら言わぬ!」

レーヴェがキシャー! と牙を剥いてキサに詰め寄る。
彼女はシヴァガン王国に借りを作ってでも縋るほど、姫君を心配していたのだ。
感情が爆発しても無理はない。

聞かせて、言わぬ、の攻防が繰り広げられる。
レナたちは困ったように顔を見合わせた。

「あの。キサ様、私たちの誰かになら相談できるんじゃないでしょうか?
身内より部外者への方が言いやすいこともありますし。
今後悪夢を再発させないためにも原因は知っておかなくちゃ……」

レナがロベルトにこそっと聞くと、なんとレーヴェとキサが聞き耳を立てていて、グルリと振り返った。
レナが「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。

「は、初めましてキサ様。冒険者のレナと言います」

「ふむ」

キサはじーーっとレナを上から下までじっくり眺める。
レナは[ヘビ睨み]の効果を受けてしまい、ぞわぞわ落ち着かなさそうにしながら頑張って直立した。

「お主になら妾の悩みを話せそうじゃ。えーと、レナ?」

「へっ!?」

「よい。近う寄れ」

真剣な顔で、くいくいっと指を曲げてレナを呼び寄せようとするキサ。
レナが恐る恐る近寄る。
ためらっていたら、ムスッとしている従魔たちがレナ様凄いんだぞスピーチを始めてしまうだろう。

キサは石のベッドに座りながら、近寄ってきたレナをラミアの尾でぐいっと引き寄せた。
そして、耳に唇が触れそうなほど顔を寄せて…………

むに、とお互いの間に感触があった。
ん? とレナとキサが下を向く。

「こ、これは…………ッ!」

キサは驚愕の表情になりーーむにむにと、自分の胸(バスト)を思い切り揉んだ。

▽キサは 脱皮により身体が成長した。
▽おっきいおっぱいを 手に入れた!

「おおー!? 悩みが解消されているのじゃー!」

「……ええっ?」

キサの悩みは胸元ということ?
そして自分が呼ばれたということは。
と、レナが自分の体型を思い出してスッと白目になる。

キサはむにむにと手を動かし続けながら、目を輝かせてレナを見る。

「ラミアは女の美しさを極めることを種族の誇りにしているのじゃ。
生まれて7年も経てば1度目の脱皮を経験して、体型が女らしく変化する。
しかし妾は強力な【☆7】ギフトの影響で、いつまでたっても脱皮の傾向がなかった……ええい忌々しい。もう11歳にもなるというのに幼児体型で悩んでおったのじゃ。
これは脱皮の効果か?
脱皮は冒険者の炎魔法のおかげと言うたな。
本当に喜ばしいぞ! レナ、ありがとう!」

ぎゅーーっ! とキサに苦しいほど締め付けられたレナはウロコの感触とおっきいおっぱいの圧力によって意識が飛びそうだ。
ぐいぐい押し付けられる感覚を共有してしまったルーカが真っ青になって鳥肌がたった腕をさする。
こちらも瀕死である。

レナの頭の中で、ルーカの不安感情のアラームがガンガン鳴り響く。
いいことがなさすぎる。
涙目で音に耐えながら、レナはキサを引き剥がした。

「脱皮による回復と成長、おめでとうございますキサ様……!」

場をまとめにかかる。

「わ、妾のために泣いて喜んでくれているのか?
わざわざシヴァガン王国から妾のために遠征してきて、火炙りにし、仕事を終えてからは心から労りの言葉をかける。
なんと慈悲深い少女じゃ。
良い、大層気に入ったぞ!」

(こんなはずではーーー!)

レナは誤解でキサに大いに気に入られてしまった……。

「あの。感動の最中、恐縮なのですが……キサ様を火炙りにしたのは、こちらのデス・ハウンドでございます」

「あっ、ばか!」

ルーカがずずいと、後退してロベルトの陰に隠れていたオズワルドを引きずり出す。
体調不良がひどいので生け贄にせざるを得なかった、とズルイ大人はあとで言い訳した。

「デス・ハウンドが?」

キサが訝しげにオズワルドを振り返り見る。
ふむふむ、と眺める。

「妾の恩人の雄(オス)ということか! よい、近寄ることを許そうぞ。
なんなら妾の番(つがい)としてもいい」

「嫌だ。テンションが魔王ドグマとまるで同じだから嫌だ」

「妾を魔王の器と申すか! ふははは、愉快じゃのう」

「底なしのポジティブかっ!?」

こんな奴がどうして夢魔に魅入られたんだ!? とオズワルドがぼやきながら逃げる。

コンプレックスが解消されたキサはこの時、とにかくご機嫌でいつもに増して明るかったのだ。
瞳を恋に染めて、元気にオズワルドを追いかけ始めた。

解放されたレナとルーカがほっと息を吐く。

面白がった幼児たちも追いかけっこに参加して、普段は静まり返っている族長の間はとても賑やかになった。

 

 

 

 

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