147:ラミアの里

エメラルドドラゴンの飛行は安定しており、驚くべき速度でまっすぐ前に進む。
低空飛行だが、周囲の魔物たちがドラゴンを恐れて避けていくので、左右に進路を変更する必要がない。
風を操っているため、ほとんど羽ばたかずに飛んでいく。
騎乗者を酔わせることもなく、早くも二時間後には、進行方向にラミアの里の目印である乳白山が見えてきた。

(わ、不思議な景色だなぁ。湿地帯の木々の真ん中に、つるりとした卵型の石山がいくつもそびえてる)

レナが考えながら、目をこらす。
すると、卵型の山の表面は意外とデコボコしていて、岩山の角を磨いたような形状なのだと分かった。
うっすらと湯気が立ち上っているのが目視できる。
ところどころに穴が空いていて、おそらく一番大きな山の内部では、ラミア族が山中にも湧くという温泉水を使って生活しているのだろう。
彼女らは湿気のある場所を好むと聞いている。

(ルーカさんの眼ってやっぱりすごい! 色々視える〜)

レナがチラリと横を向くと、黒猫ルーカと目が合う。
今はルーカの従属の首輪を通して[感覚共有]しているため、いつもよりレナの視力が向上しているのだ。

(ラミアの里でもうまく立ち回ろうね、レナ。僕が手助けするから)と意思が流れ込んできて、レナが小さく頷くと、ルーカは安心させるように微笑んだ。

グルルルッ! とエメラルドドラゴンが喉を鳴らす。
そろそろ着陸するらしい。

従魔たちがレナを守るようにぎゅっと寄り添って、それぞれ籠の縁(ふち)を掴む。
しっかり支えられたレナはよろけることなく、安全に着地の衝撃に耐えることができた。

▽湿地帯に 辿り着いた。

***

地面に足をつくと、ふわっと温かい空気が全員を包んだ。
ラミア温泉のほのかな香りは、なんとお米を炊いた時の香りに似ている。
レナがひくひくと物欲しそうに鼻を動かした。
宰相が提示した高級食材リストにも、東方産のお米は記載されていなかったのが惜しまれる。

(シヴァガン王国にはたくさん美味しいご飯があるし、お米は慣れない食材で、きっと需要がないんだろうなぁ。
うう、いくらお金がかかってもお取り寄せしたかった……残念。
でもオズくんも東方のお客様が来たときにお米を食べて美味しかったって言ってたし、舌には合うはずだよね。
いつか私たちがお米の苗を仕入れて、普及させてもいいかも! 手軽にお米が食べられるようになるかもしれない。
のんびり従魔たちと農家するのもいいかもなー、なーんて)

お米が恋しいあまり、レナの思考がぶっ飛ぶ。
幸せスローライフを想像してゆるみかけた表情を(レナ、仕事中だよ)というルーカの心の一声で慌てて引き締めた。

レナパーティは興味深そうに辺りをキョロキョロする。
しっとりした空気から水分を吸収している植物はどれも瑞々しい。表面に細かな柔毛があり、玉のように水滴を作っている。

温泉湿地帯特有のこの一帯は、すでにラミアの里の領地内である。ギルド長は飛行来訪者の受け入れ地に着陸したらしい。
他の場所から侵入すると、敵襲とみなされることもあるのだとか。

寒冷地を好む雪豹のロベルトは湯気を手で払い、頭を振ると、自分の周囲だけ空気の温度を下げて冷たくする。
クドライヤは心地よさそうに目を細めて、生命あふれる空気を深呼吸で体内に取り込む。頭に樹人族ゴーストローズの黒い蕾がひとつ芽生えた。

「ようこそおいで下さいました」

「!」

音も気配もなく、しずしずと二人のラミアの女性が現れる。
彼女らは里の国境警備係、兼案内係である。

「はるばるラミアの里までご足労ありがとうございます……シヴァガン王国の政府関係者の方々ですね?
族長は姫様の看病をしているため、我々のみの出迎えで失礼いたします。
何卒、お許し下さいませ」

優雅な動きでラミアがお辞儀をする。
華やかな民族衣装のすそがひらひら揺れた。
着物に似ている、とレナは興味深そうにロベルトの背後から彼女たちをこっそり視る。
服の下からは、緑と紫のウロコに包まれた蛇の尾がにょろりと覗いていた。

「一団の代表、雪豹のロベルトと申します。
姫君の容態が悪化したため脱皮の補助を、との要請を受けてシヴァガン王国より派遣されました。
こちらは送迎協力者の冒険者ギルド統括長。
業火を操る冒険者パーティの隊長、藤堂レナです」

ロベルトが来訪者たちを紹介していき、それぞれが会釈して挨拶する。
部下たちは代表の一礼に倣(なら)った。

魔王ドグマの姿がなく、冒険者パーティが派遣されたと聞いて、ラミアたちは眉をひそめて困惑した表情になる。

質問される前にと、ロベルトが書状を彼女らに提示した。

「ヒト族冒険者、藤堂レナの職業は魔物使い。従魔のデス・ハウンドが業火を扱います。この者の火力は姫君の脱皮にも効果的だと、シヴァガン王国政府は判断しました。
彼は魔王ドグマ様の息子なのですよ」

朱蜘蛛のサインが入った書状をラミアはまじまじと眺め、驚いて目を丸くする。
業火を操る者はこの世界に一人きりだと思っていたのだ。
だから力加減が苦手という現魔王を不安に思いながらも、業火に縋(すが)った。

オズワルドが一歩前に出ると、ラミアたちは視線を移す。
緊張のため狼耳がピンと立っていたので、あら可愛らしいこと、と柔らかく瞳孔を細める。

「ーー分かりました。姫様の脱皮に効果があることを期待しています。デス・ハウンドのお坊ちゃん、どうかよろしくね。
皆様を案内します」

ラミアたちはオズワルドに微笑みかけると、背を向けて歩き出す。

「もしもこの場にいるメンバーでも姫君の脱皮が不可能だった場合、迅速にドグマ様が駆けつけますので。連絡手段はこちらで用意しました」

「まあ。丁寧なご対応、恐れ入りますわ」

歩きながらロベルトが背に声をかけると、ラミアたちは振り返り、ホッとしたようにお礼を口にした。
もしもの場合がきちんと考慮されているため、安心したようだ。

連絡手段。朱蜘蛛の呼び笛。レナが首から下げたネックレスを引きつった顔でつつく。

「俺は外で待機している。今回は送迎係として同行しているからな。
冒険者ギルド長として依頼に協力するとなると、また手続きが色々と必要なんだ」

「分かりました」

ラミアたちは快諾する。
ひらひらと手を振るギルド長に深くお辞儀をして、蛇の尾でするりするりとしめっぽい道を素早く進んでいった。
早くレナたちに姫君を救ってほしいのだろう。
柔和な表情をしているが、彼女たちの心に余裕はなさそうだ。

護衛部隊とレナの従魔たちはやすやすとラミアについて行くが、レナとヒト型ハマルだけはなんとか早足で追いついている状態。
魔人族同士が戦闘ではない仕事で顔を付き合わせている場合、種族が違う魔物同士では言葉が通じないため、ヒト型で接するのがマナーである。
ハマルが転びかけた。

「すみません、地面がぬかるんでいるためヒト族の主人には歩きづらいようです。従魔が誘導しますが、お気になさらず」

ルーカがレナと手を繋ぐ。

「「ようハーくん! クーイズ先輩に甘えちゃっても良いんだぜ!」」

クーイズがハマルの両腕を組み、支える。
これで、二人とも転ぶ心配はなさそうだ。

再びチラリと後ろを振り返ったラミアたちが微笑ましそうにレナパーティの交流を眺める。

(幼子(おさなご)が多くて、にぎやかだわ。姫様もこの子たちと遊びたいでしょうね……)

ラミアの里にこもりきりで、同年代の子どもと遊ぶ機会がなかった姫君のことを考えて、なおさら、レナパーティが姫君を救ってくれますようにと祈った。

一番大きな乳白山の前に辿り着く。
いっそうあたたかい空気がレナたちを包む。

(ふぁ、ネコ科の影響かな……あったかくて眠気を誘われますね。ルーカさん)

(眠気も共有されてしまうのか。これは[感覚共有]の悪影響かなぁ。
レナ本人が感じてる温泉の空気の心地よさが、ネコ科の特徴にさらに上乗せされてるから……お互い様ってことだね?)

レナとルーカが揃ってあくびをかみ殺した。
ロベルトはフウッと息を吐いて、自分の周囲の空気の温度を更に下げる。
同じくネコ科のレグルスはゆっくり瞼を下ろしかけて……気合いを入れるように、改めて緑色の目をガッと見開いた。

(! レグルスさんの感情が視認できる……青紫。これは、不安? それと紅色の焦り)

(……正解。レグルスさんが白炎に対して、大きなコンプレックスを抱えているからだろう)

レナたちが思考を共有して相談していると、ラミアの一人が頭の羽根飾りを吐息に乗せて飛ばし、巣穴に滑り込ませる。
しばらくすると、リンと鈴の鳴る音とともに、背の高い女性が巣穴から現れた。

あまりの華やかな美貌にレナたちが思わず見惚れる。

(ラミア族は美しさを極めた女性ばかり、って本当なんだなぁ……)

しゃなりしゃなりと、優雅に魔人族の足で歩く彼女は、美人揃いのラミアの中でも圧倒的に美しく「族長だろう」とレナたちに自然に認識させた。
艶やかな夜色の髪が、乳白色の石山に映える。

族長が近付いてくると、案内係の二人はスッと横に移動した。
族長の黄緑色の瞳が来訪者を捉えて、ゆっくりと弧を描く。

「族長のレーヴェと申します。
はるばるラミアの里まで、ようこそお越し下さいました。皆様。案内係たちから、事情を伺いました。
楽しい行事の歓迎ではなくて申し訳ないけれど、うちのお姫様のこと、どうかよろしくお願いしますね……」

族長はロベルトを視界の中心に起き、雪豹さんお久しぶりやねぇ、と柔らかく言う。
連絡係を務めることもあるロベルトとは面識があったようだ。
挨拶を終えると、言葉使いが彼女らしく砕けたものになった。

「ご無沙汰していました、レーヴェ様。先ほどの羽根飾りが伝言を果たしたんですね?」

「せやね」

「再説明の手間がなくなり助かります。
Fランク冒険者パーティを信用して受け入れて下さり、ありがとうございます」

族長はころころ笑う。

「朱蜘蛛さんが実力をお認めになったんでしょう? 彼の判断の正確さは、よう知っていますからね。敵に回したら恐ろしいけれど、味方やったら頼もしいわぁ」

「伝えておきます。ところで貴方は、レナパーティを既に知っていると思いますよ」

「あら……?」

えっ、と急に話を振られたレナたちの方が驚く。
ラミア美人と知り合った覚えはない。

(まさか赤の伝説がこんなところにも広まっているとか!? まさか、まさかね!)

さっそくフラグを立て始めるレナの内心をリアルタイム実況されているルーカがとてもつらそう。

レナたちを背に庇う体勢で立っていた護衛部隊が退くと、綺麗な子どもたちが族長の目に映る。
これほど綺麗な子どもに出会っていたなら、美しいものが大好きなラミア族は忘れたりしないはずだが……記憶にはない。
族長は首を傾げたが、レナと黒猫ルーカ(ジミー)を眺めると、ポンと手を打った。

「……ああ! 客船をエンペラー・クラーケンから守ってくれた、ちいちゃい赤の英雄たちやないの」

「えっ!? もしかして、レーヴェ様も同じ船に乗っていたのでしょうか?」

「そうよー。港街でお化粧品を買っていたらつい、予約してあった豪華客船に乗り遅れてしもてねぇ。
初めて一般客船に乗ったんやけど、あんなに面白いイベントに出会うやなんて驚いたわぁ。
お嬢ちゃんたちの活躍、凄かった。
貴方たちが手伝ってくれるなら、大丈夫そうやね」

「お、恐れ入ります」

レナが頭を下げると、族長はニコニコとルーカを見る。

「貴方、本来の姿は金色なんやろ? ウチはもうその姿を知っとるし、黒猫の幻覚を解いたらどない?」

諦めたルーカはリリーに目配せして、金髪紫眼の姿に戻った。
バレているなら、位の高い人物の前で姿を偽ったままというのは失礼だ。
族長はただ(せっかく視界に入れるなら綺麗な姿が望ましい)と考えているだけで異性的感情はないため、まだ視線にも耐えられる。

思わぬ再会ではあったが、族長は思い出話を早々に切り上げて、全員を石山の穴の中に案内する。

「少し滑りやすいから気をつけてね」

再び従魔たちがレナとハマルを助ける体勢をとった。

「この石山の中にラミア族以外が立ち入ることは滅多にないんよ。
だから通路もラミアに適したものになっとって、皆様には歩きづらいでしょう。
ごめんなさいね」

レナたちは足元に気を付けながらも、珍しい光景に目が釘付けになっている。
生活の場をじろじろ見るのは失礼になると思いながらも、圧巻の景色が全員の関心を引いた。

ロベルトが感嘆の声を上げる。

「内部は鍾乳洞(しょうにゅうどう)のようになっていたのか……!
それぞれの穴は、中で繋がっているんですね」

「ええ、そうなんよ。
温泉水が道の脇を流れているでしょう? 天井から滴っていたり、下から湧き出していたり。それらが長い長い年月をかけて、この地形を作り出したというわけ。
壁に生えたヒカリゴケが明るく中を照らしてくれる。
温泉の湯気でお肌もしっとりするから、ラミア族は美容のためにもこの住処を代々大切にしているんよ」

手短に族長が特徴を説明してくれた。
レナたちの仕事が終わったら、改めて住処を案内して、入浴のための温泉場にも招待してくれるそうだ。

リン、リン、と族長の鈴のアクセサリーが鳴る。
この音が合図となり、他のラミアとは道中遭遇しなかった。
道がとても細く、崖になっている場所もあるため、入れ違いの手間をかけないようにラミア族が配慮してくれたらしい。

レナが紫みを帯びた瞳で壁際のツタを眺めると、ぱちりと瞬きする。

(あれ? 外の植物よりも生命力が弱い……しなびている感じがする。
鍾乳洞の方が水分がより豊富だし、ヒカリゴケの光で成長できる品種なのに、どうしてなんだろう?)

(違和感があるね。植物だけじゃない。この石山の中にいる動植物全てが弱っているようだ。
あの洞窟花は色が抜けて、葉まで真っ白になっている。
ラミアたちも元気がないみたい)

レナが壁に目を凝らす。

(……本当だ。壁の向こうにいるラミアのお姉さん、繕い物をしてるけど表情がぼうっとしてる。あっ! 針を指に刺しちゃった。い、いたたた)

(レナが痛がってどうするの。視ることを勧めたのは僕だけど、族長とリーカさんは鋭いから透視を悟られないように気をつけて)

レナは慌てて前を向いた。

(悪夢の影響があるのは姫様だけだって聞いているけど、他に事件が起こっていないとも限らない)

(う。トラブル体質が恨めしい。気を引き締めていきましょう……!)

ロベルトと族長は軽い世間話をしながら、例の夢魔のことなど、睡眠障害について情報共有している。
族長は夢魔と聞くと、顔を顰めた。
遠距離から夢に干渉してくる技も恐ろしいが、姫君のコンプレックスを解消することも難しいだろう……と不安に思ったのだ。
心当たりはあるが、彼女の物理的成長が必要不可欠である。
何はともあれまず脱皮、とため息を吐きながらも気丈に気持ちを切り替えた。

「そういえば会った時に思ったのですが、お痩せになりましたか?」

ロベルトが軽い口調で話しかける。

「ええ……少し。姫さんにずっと治療魔法を施していたから、自分のケアまで行き届かなくて。
あの子が回復したらウチもゆっくり療養(りょうよう)させてもらいたいわぁ。
お肌も荒れとるし、ラミアの鱗も色落ちしてしもて……こうして外部の人たちと顔を合わせると恥ずかしい」

「だからラミアの尾ではなく、本日は魔人族の姿なんですね。相変わらずお美しいのに」

「まあ。女性を褒めるのが上手になったんやねぇ。以前会った時にはもっとそっけなかったのに?」

「戦闘訓練ばかりしていたので、当時話すのが苦手だったんです。部下を持ってから、私もよく話すようになり変わりました」

「いい傾向やね。
美しいって言われると嬉しくなるわ。ラミア族の誇りやもの。
ああ、確かにお肌の調子が悪くはなったけど、姫さんのためにやってると思うと悔いはないんよ」

「素敵ですね」

「もっと褒めてちょうだい。褒められると女は綺麗になるから」

族長はくすくす笑った。
濃い同僚に揉まれて、ロベルトも気遣いと処世術を身につけたようだ。

それなりの距離を歩き、族長の部屋の前に着いた。
丸く壁がくり抜かれた入り口には、鮮やかな飾り布がカーテンのように垂れ下がっている。
洋裁が得意なエルフ族に特注している湿気耐性付きの布飾りは、ラミアの住居のいたるところを彩っていた。

「姫さん。お客さんが来はったよ。失礼するわねぇ」

部屋の中には石を削ったベッドがあり、ブランケットに埋もれるようにして、とても幼い容貌のラミアの姫君が眠っていた。

 

 

 

 

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