146:魔王国依頼クエスト

サディス宰相が淡々とした口調で、クエストの内容を語る。

「まずレナパーティに依頼する仕事の詳細について。
ラミアの里に向かい、姫君の回復治療の手伝いをして頂きたいのです。
姫君はひと月前から昏睡状態となっています。
ラミア族は長く断食していても健康を保てる魔物ですが、悪夢による精神疲労もあり、危険なほど衰弱しているとのこと。
治療魔法を施して回復を待っていましたが、族長がそろそろ限界であると判断し、種族の最終手段をとることになりました。
業火で姫君の身体を焼き、脱皮を促(うなが)すのです」

「焼く……!?」

レナがぎょっと目を見開いて、思わず聞き返した。
宰相がおもむろに頷く。

「ラミアは脱皮すると、あらゆる不調を回復し、見た目も若返ります。
その効果を狙っています。
普段の彼女らは、毎日温泉に浸かり、十年をかけてゆっくり脱皮の準備を整えますが、今の姫君はその方法を使えません。
姫君は【☆7】[壮絶耐久]ギフトを贈られているため、業火にも耐えられる。
ラミア族の副族長がシヴァガン王国政府に要請したのは、高温の炎を操る者の派遣です。
しかしドグマ様が業火を使うとなれば、誤ればラミア族の里ごと焼き払いかねない。
そこで『デス』の種族名を得たオズワルドの白炎に期待しました」

なるほど、それらしい理由である。
レナパーティが依頼をお断りするのは無理そうだ。こればかりは替わりがいない。

「じ、事情は分かりました。オズくんの気持ちはどう……?」

オズワルドが耳を揺らす。

「ラミアを焼くことに抵抗があるかって、俺の心を心配してるのか?
それなら全然平気。
別に殺すわけじゃないし。
あっちがまずドグマの業火を求めてきてるなら、その火力でも姫が死なないんだろ。
俺は白炎を完璧には操れないけど……全力を出したとしてもまだドグマには届かないから、安心していいよ」

まだまだ父未満と口にするオズワルドは少し悔しいらしく、唇を尖らせているが、求められた回答をスムーズに述べて黙る。
レナは自然にオズワルドの頭を撫でた。

「サディス宰相はオズくんの白炎をご覧になったことがないですよね?
それでも会議が通ったんですか?」

「ロベルトから報告を受けています。
白炎未満の青白い炎をオズワルドは操ることができる。威力はドグマ様の業火にはまだ及ばないため、従魔の[サンクチュアリ]で範囲を絞り、姫君のみを焼くことが可能だろう、と。
炎の温度も申し分ないと聞きました。おそらくドグマ様に次いで高温の炎とのこと。
部下の報告を信用しています」

何でも自分で確認しないと気が済まない気難しいタイプの完璧主義者というわけではないらしい。
部下を上手く使う上司としても、宰相は慕われているのだ。

かしこまった場なのでロベルトは耳も尻尾も動かさないが、表情はどこか得意げに見える。
レナパーティに関わりすぎて表情筋の柔軟化が進んでいる。

「ラミアの里周辺には魔王国近辺よりも強い魔物が生息しています。
しかし遠征中は、護衛部隊が引き続きレナパーティの皆様を守りますのでご安心下さい。
国の特例法を適用します」

レナがホッと肩の力を抜く。

(自分たちだけでラミアの里を訪れるわけじゃないんだよね。
お姫様に接するんだから、誰かしら重要官職がついてきてくれないと、Fランク冒険者だけ派遣したりしたらシヴァガン王国の信用も落ちるってことか。
知り合いの人がついてきてくれて良かったぁ)

「報酬について話しましょう。
まずラミア族からは、ラミア族所有区域の”温泉地帯”の利用許可を申し出られています。
この温泉は現在、ラミア族しか利用していません。
美肌など様々な効能があり、レベルアップの際に魔力値が上昇しやすくなる秘湯、とも言われています」

思わぬ報酬に、レナたちは目を丸くする。

「冒険者ギルドからは、高ランク指名依頼のため、成功時ギルドランクアップF→Dへの確約です」

ギルド長が笑顔でひらりと手を振る。

「シヴァガン王国政府からですが、成功報酬20000リルの支払いと、国が取引管理している希少食材の購入権を提示いたします」

宰相がアタッシュケースから書類を取り出して、机に並べた。
指先から蜘蛛糸がゆらめいて、約20枚ほどの書類をきちっと等間隔で机に広げる。

レナの目が輝く。

「紅玉チェリーの化粧箱1セット2500リル、雷撃ウナギの冷凍素材3000リル、火トカゲの塊肉20000リル、一角鮫のフカヒレ65000リル……!? うわ、うわわっ」

これが発注可能なの!? と、食い入るように品目を眺めてしまった……ハッとして顔を上げると、どことなく宰相がしたり顔だ。
こちらもドグマへの対応増加により鉄面皮とはもう言えなくなってきている。

「あ、あはは。はぁ。私たちの好みのツボを的確にご存知のようで……サディス宰相の交渉には敵いませんね」

「お褒めの言葉として頂戴致します。
こちらの購入権を取得すると、政府と原価での直接取引が可能となります。
もし商店でこれらの希少食材を買う場合は、多くの仲介手数料が上乗せされるでしょう」

高級商品の競売、客に売るまで新鮮に保管しておく場所の確保、複数の業者の手を渡ることなどを考えると、ただでさえ高い商品が数倍の値段になることもあるのだという。
レナの貧乏性心にしっかり訴えかけてきている。

ギルド長と護衛部隊は、たとえ原価とはいえ希少食材を買う財力があると宰相がレナパーティを評価していること、レナたちも普通に品目を眺めていることに驚きひやりと背筋を冷やした。
ギルド長が愉快そうに口角を上げる。

(護衛付きとはいえ、本来ならSランク冒険者に発注するようなクエストを政府関係者がわざわざ発注する実力者パーティ。
豊かな財力。
破格の条件を提示されてもすぐには飛びつかない慎重な判断。
まあ、彼女らはこの依頼を受けるしかない弱い立場なんだが……。
レナパーティはこれから冒険者として圧倒的に伸びるだろうな。目をつけておかなくては)

久しぶりの逸材の予感に、ギルド長はわくわくと心を高鳴らせた。

「藤堂レナ様、いかがでしょうか?」

宰相の問いかけに、レナが小さく頷き、再確認する。

「私たちへの依頼内容は、オズくんの炎でラミア族のお姫様を焼くことですね。
護衛は継続で、報酬はラミア族の温泉地帯の利用権、ギルドランクアップ、20000リル、希少食材購入権」

「間違い御座いません」

「依頼を失敗した場合、私たちにペナルティなどあるのでしょうか?
オズくんの炎でもお姫様が脱皮できなかった場合です」

「今より状況が悪くなるようなペナルティは御座いません。
しかし依頼報酬は変化します。
ギルドのランクアップはなし、ラミア族の温泉地帯への立ち入りは里と応相談となります。
遠征協力費として10000リルの支払いのみを政府は確約します」

つまりリスクはないと言っていい。
レナパーティ全員が納得した顔で、宰相を見た。

「もしも」

宰相が声のトーンを落として、新たに話し始める。

「姫君が脱皮しなかった場合には、政府が直接対応致します。
シヴァガン王国側の最終手段としてドグマ様と私が迅速に駆けつけますので、こちらをお使い下さいませ」

宰相が化粧箱をスッと取り出し、レナに渡す。
ーーとても嫌な予感に慄(おのの)きながらも、レナは箱を開けた。

▽朱色の小笛が 現れた。×1

「”朱蜘蛛の呼び笛”で御座います。
ジーニアレス大陸内でしたら蜘蛛にしか聞こえない音が届きますので、緊急時にご使用下さいませ。
聖霊の変化に対応が難しい場合にも是非ご連絡を頂きたく」

▽レナは 朱蜘蛛の呼び笛を 手に入れたァ! ×1

動揺のあまり、レナがゴフッと咳き込む。

「……えっ、あの、その、うそ、うぅっ、まさかのご提案に驚愕の極みなのですが、頂いていいんですかっ!?
あ、言葉遣いおかしくなっててすみません!」

宰相がお茶をすすめたので、レナはそれを飲んで少し落ち着こうとしたが、喉に詰まらせる。
ルーカが震える手で背中をさする。

「すでにお持ちのドグマ様出現ブザーの上位互換と思って頂ければ、所持への抵抗が軽減されるのではないでしょうか」

「そ、そうですね……」

今度はドグマ兼聖霊監視笛、ということだ。
重い。

聖霊の重要性を分かっているレナは、悩ましい顔をしながらも、恐る恐る朱色の小笛を首にかけた。
ネックレス用の金の細い鎖がレナの首を飾る。

モスラの呼び笛とカツンと触れあった。
……2つの笛が喧嘩しなければいいのだが。

(よっっっぽどの重大事にだけ使おう! うん)

「確かに受け取りました……もし白炎での回復が見込めなかった時には、最終手段として連絡しますね」

「よろしくお願い申し上げます」

ようやく話は終わり。
ドッと疲労が押し寄せる中、レナはしっかり契約書を読み込んでから、サインをする。
魔法契約用紙が輝いた。
宰相が一礼してアタッシュケースに書類をしまった。

「旅立ちは早いですよね?」

「はい。会議も済んでいますし、姫君の容態も心配な状況ですから、出発準備が整い次第、早急にラミアの里に向かって頂きたく。
特別な旅支度はほとんど必要ないかと思われます」

「そうなんですか? シヴァガン王国周辺には国がないですし、ラミアの里まで数日はかかると思っているんですけど……」

「いえ。数時間で到着致しますので。
移動手段はこちらですでに手配しております」

んんっ、とレナがまたムズムズしかけた唇を引き結ぶ。
座っていたギルド長が、ぐいっと上体を前に傾けた。ニヤリと笑う。

「竜人族の副族長エメラルドドラゴンが、君たち全員をラミアの里に送り届けよう。
帰りの便も任せてくれていいぜ。
業火で焼くのに、そう時間はかからないだろうしな?」

冒険者ギルドともいっそう深い縁ができてしまった。

悟り顔になってスッと頷くレナの隣で、オズワルドが不機嫌そうに牙を覗かせる。

▽レナパーティは 緊急クエスト[ラミアの姫君の治療]を受託した!
▽ラミアの里に向かおう。

***

もともとこれから狩りに向かう予定だったレナパーティに準備は必要ない。
先ほど宰相に質問したのは、長期遠征になるかもしれないと見積もったからだ。

打ち合わせを終えた宰相が退出し、ギルド長が部下に外出の連絡をするまでの間だけ、レナたちは少し休憩する。
主に心の休憩である。

「すごい展開になっちゃったぁ……まさか指名依頼を受けるなんて。
オズくん、が、頑張ろうね」

レナがへろへろの笑顔を向けると、

「うん。それにしてもギルド長と宰相は腹黒いな。
命の危険がない政府依頼クエストなんて、Bランク以下の冒険者は断れないんだよ。冒険者ギルドの規則なんだ。
ギルドを通して依頼する時点で、最初から断らせないように図ってたってこと」

オズワルドからはこんな回答が返ってくる。

「そうだっけ!? 確かに、なんかそう聞いてたような……政府とこんなに関わるなんて思ってもいなかったから、その辺りの規則は聞き流してたなぁ。
うわ、冒険者ギルドガイドを再確認しておかなくちゃ!」

「これから自分の主張を通すためにも、ギルドランクを上げておいた方がいいな」

レナパーティの誰からともなく、とため息を吐いた。

オズワルドが眉をしかめる。

「報酬がかなり厚遇されてたから反発はしなかったけどさ。
俺たちを面白そうに見てたギルド長は、やっぱりいけ好かない」

「どうどう」

不機嫌そうなオズワルドをレナが鎮める。
聞けば、昔ドグマにぬいぐるみのように持たれていたブラックドッグ姿を飄々とからかわれたようで、ギルド長の印象は良くないようだ。

レナが近くのソファに座っていたロベルトとレグルス、後ろの護衛部隊を振り返って声をかける。

「護衛部隊の皆さん、引き続きお世話になります」

「お疲れ様です、レナ様。私たちはこういう急な仕事にも慣れていますので、気にしないでください。
政府がギルドを通して依頼したことについてはまあオズワルドの言った通りなのですが、苦肉の策であることだけ理解してもらえると助かります」

苦笑するロベルトに、レナが苦笑を返した。

応接間の扉が開いて、ギルド長がひょっこり顔を覗かせた。

「すまない、待たせたな。出発しようか」

自分たちにリスクがないとはいえ、一人の命がかかった依頼。
レナパーティは覚悟して、ごくりと唾を飲み込んだ。

***

レナパーティと護衛部隊、ギルド長は国外の広い平原に移動した。

ギルド長がまずドラゴン騎乗時の注意事項を述べる。

「ドラゴンの背中にくくりつけた籠に全員が乗って移動する。
風圧軽減の魔法がかけられているが、ラミアの里までかっ飛ばしていくからどうしても風の影響を受ける。
籠の縁(ふち)に掴まれるように、みんなヒト型で乗ってくれ。
一応腰には命綱をつける。
じゃ、竜人族の保温ローブを貸すから着てくれるか」

全員に銀色の薄いローブが配られた。
白銀竜の体毛を編んだ特別製なのだという。
ゆったりしているので、今着ている服の上から纏う。

「……ん? しまった、子どもたちには丈が長すぎるな。うっかり裾を踏んづけて転んだりしないか心配か……でもこれしか用意がないんだ、悪い」

「大丈夫ですよ」

ギルド長が困った顔をしていると、レナが断りを入れて、幼児たちのローブの裾を折って短くしてからきゅっと結んでいく。
袖も短く捲って服用クリップで留めた。
腰にはベルトを巻いてあげる。

「おお。準備がいいな、お嬢ちゃん」

「従魔たちに着せたい服が大人用のものしかないことがたまにあって、便利グッズを持ち歩いているんですよね」

服の裾留め用クリップは[夢吐き]で手に入れたものだ。
花や星のマークが付いていて可愛い。

レナは自分の服の内ポケットにパンドラミミックをしっかり収納する。
落とさないように、ブラウスのボタンを一番上まで閉めて、キュロットスカートの上からきつくベルトを巻いた。

「従魔のみんなー、上手にお着替えできましたねー? 忘れ物はないですかー?」

「「「はーーい!」」」

レナの問いかけに、従魔たちが元気よく手を挙げる。

「服はご主人様に着付けてもらったもん! 完璧」

「朝食をしっかり食べたから全員のコンディションが整ってるよ。
今朝のオムレツも美味しかったなー」

「持ち物は、キラ先輩が、管理……してくれてるでしょ? 忘れ物、ないはずなの」

「夢魔への殺意もバッチリですー」

ハマルが仄暗い笑顔を浮かべている。
ドラゴンキラーヒツジの殺意に、ギルド長が落ち着かなさそうに周囲をキョロキョロした。
その違和感が、まさか幼児のせいだなんて想像できるはずがない。

ハマルを落ち着かせるためにレナが鞭をぎゅっと握ると、あっけなく関心が移った。
鞭で躾(しつ)けることはせずに、ちょんと頬をつついて構ってごまかした。

クレハとイズミが、ぎゅーーっと自分たちの身体を抱きしめる仕草をする。

「あのね、胸に埋め込んだ聖霊の金属球もポカポカしてるよ!
張り切ってるのかなぁ。
オズワルドに白炎が馴染むように、こうしてできるだけ側にいるようにしてるんだよねー」

「クーの中には金属球が。
イズの中にはクラーケンストーンが。ね!
ぺろぺろ。なかなか魔力が美味しいよー飴みたいに舐めちゃう。
どっちの成長が早いかなぁ?
クラーケンストーンもけっこう魔物化しかけてるみたいだし」

<二つの成長率は……チャララララララララッッダァン!!
まだ内緒☆今後のお楽しみにしておきましょう。
一番早く魔物に成長したのはこの私! この私ですけれどね! さあ名前を呼んでくださいまし!>

「「キラ先輩〜!」」

<はーーーいっ☆ 本体は収納されているとはいえ分身体は絶好調ですから、今日もたくさん録画致しましょう!
ホホホホホホホホッ>

クーイズがケラケラ笑いながらオズワルドにぎゅむっとくっついた。
白炎の加護を馴染ませるためなのだ。
後輩は諦めた表情でスライム先輩からのアタックを受け止めている。

「なにあれ可愛い」

「癒しオーラすごい」

リーカとドリューがとても和んでいる。
隊長たちに「気を引き締めるように」と注意を受けてしまった。

レグルスは相変わらず緊張した様子で神経質に身だしなみをチェックし、何度もぱちぱち瞬きする。
自分に喝を入れるように拳を握りしめて、爪で手のひらの内側を引っ掻く。

「ドリューはもっと慎重になるべきで、レグルスは力の抜き方を知ることだな」

「!」

ロベルトがレグルスの肩にポンと手を置いた。
真面目なネコ科同士、二人は仲が良い方だ。

「今後の課題として気軽に考えておくといい。
そうすればレグルスはもっと伸びるだろう」

「ーーはい!」

部下をフォローしたロベルトは、眼差しを和らげつつも、最近攻撃的な様子を見せることが多いレグルスを鋭く観察するのだった。

ギルド長がエメラルドドラゴンに変身する。

彼を中心に渦を巻くような強風が吹き荒れて、レナたちが足を踏ん張る。
風が落ち着くと、頭胴長30メートルはありそうな巨大な緑竜が現れていた。

レナたちはほうっと感嘆の息をついて見上げる。
日の光を浴びて、鱗が深みのある緑色に輝いている。
太い脚がしっかりと地を捉えていて頼もしい。
ばさっと翼を広げると、黒緑色の翼膜(よくまく)がレナたちを覆った。

「わあっ」

グルルゥ、とエメラルドドラゴンが喉を鳴らすと、風がレナたちを攫って籠まで運ぶ。

さあ行くぞ? と言うように、ドラゴンが振り返って爬虫類の瞳が細められる。
器用にウインクをしてみせた。

超特急の空旅が始まる!

 

 

 

 

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