141:聖・ジャッジメント(オズワルドの道)

シュシュとオズワルドは自分の意識の中をさまよう。
これまで生きてきた思い出のあれこれが、やんわりと意識をかすめていった。
温かな思い出をつい目で追ってしまい、手を伸ばしかけて、ふいに現れる自分にとって思い出したくない過去からは顔を背ける。

(俺、過去を直視することもできないくらい、弱かったのか……?)

(シュシュは……もう弱くない、はずなのにぃ……ううう。どうしてこんなに足がすくむの)

心の未熟さを自覚して、オズワルドとシュシュは(はあ)と意識下でため息を吐く。
一人きりになるのは久しぶりだ。いつも仲間たちと賑やかで楽しい時間を過ごしていたのだから。仲間たちはどんなに機嫌を損ねた面倒くさい状態でも、二人を突き放すことはしなかった。
……この状況に寂しさを感じたが、ここで静かに自分の心と向き合っているからこそ、周りへの見栄などもなく、弱音を吐き出すことができている。

真っ白な空間でただ記憶を見つめているだけなのが辛くなってきて、夢から覚めたい時のように意識を浮上させようと念じるものの、思い通りにはいかない。
ふわふわと質量を感じさせない身体を操り、天を仰いだ。

つい最近の思い出が、自分の周りを巡り始める。
今朝、オズワルドとシュシュがケンカしたこと、そして先ほどの組手の光景も。

((……どうして、こうなってしまったんだろう。別に、傷付けたくないはずなのに))

羽根耳、犬耳がへにょりと折れる。

この場所でそれぞれの意識が目覚める直前に聞いた、お互いの叫ぶような主張が……ぎゅっと心をきつく締め付けていた。
自分に向けられた正論は、どちらにとっても”自覚していた弱み”そのもので、とても重く響いた。

無性に、レナに抱きしめられたくなる。
心細い時、誰が一番に愛してくれるのかをきちんと二人は知っている。

((…………あ))

オズワルドとシュシュの前に、一本の道が現れた。
この道を歩むようにと促されている……ような気がする。

しかし道の途中には、それぞれにとっての障害が待ち構えているらしい。
黒い靄(モヤ)がうっすら道中に漂っている。
せかすように、辺りに浮遊する思い出が、辛いものばかりになった。

((……ビビッてる? ……そんなの、認めない! ここに留まっていても何も変わらないから、進もう))

負けず嫌いな二人はなんとか心を鼓舞して、ゴクリと生唾を飲み込み、前に踏み出した。

ーーオズワルドが目を細めて道を進む。

だんだんと傾斜がきつい下り道になっていく。
気付いていなかったが、背後では先ほどオズワルドが滞在していた場所の片隅が、黒く崩れて消滅してしまっていた。

オズワルドの道は、青く燃える炎の道。
綺麗に整えられた道の両脇に青い炎が燃え盛っており、時おりオズワルドに攻撃を仕掛けてくる。

まっすぐ向かってくる火の玉を、オズワルドは軽快にかわす。
これくらいの動きについていけないようでは、魔王ドグマの特訓でとっくにくたばっていただろう。

道を進むにつれ、ちらほらと特殊な動きをする火の玉が現れてくる。
オズワルドの金眼が獰猛に光り始めた。

(……ん? 今の、見覚えがある動きだったな)

とある平たい火の玉の、大きく旋回するような動きが気になったオズワルドは、記憶を探る。
やっとレベル10になった頃、苦戦しながら倒したフレアバードにそっくりの動きだったと気付いた。

(もしかして。こいつらはどれも俺の記憶を元に存在しているのか……?)

やはり軽快に攻撃をかわして、炎魔法[ブルーバースト]を唱え、フレアバード以上の火力で焼き消す。

苦戦していた過去、明らかに成長している現在を比べてみて、オズワルドは得意げに鼻を鳴らした。
しかし、すぐに顔を俯けてしまう。

(シュシュの言葉は……胸にグッサリきたな。強くなれる素質があるのに努力を怠けている、か……。
……反論したけど……現状は、まったくその通りだ)

オズワルドは胸の奥底でくすぶる言い分を飲み込んで、素直に認めた。

オズワルドの隙を狙って、火猫が襲いかかってくる。
だんだんと火の玉がモンスターらしく形状変化してきている。
半獣人の爪を強化して、[炎爪]で切り裂いた。

どうやらこの空間では、意識を隔離された瞬間の半獣人の姿でしか行動できないらしい。

(”戦うのが好きなくせに”?)

シュシュの言葉を復唱した。ため息をつく。

(…………。みんな、俺がそうだって分かってたんだろうか。戦わないって宣言してパーティに加入した以上、隠してるつもりだったけど。
俺は……戦うことが好きだ。強い相手と出会うと、闘争心で心が高揚する。今でもそう。
相手を倒して自分のレベルが上がる感覚が心地よくて、いつも求めてる……これは多分、種族本能的なものでもあるんだろうけど。
ーーでも、自分の限界を知ったんだよ。
俺ではけして辿り着けない高みがあることを知って……絶望して、諦めたんだ)

オズワルドが拗ねたように思考し、荒っぽく足を速めた。
怒り、ではなく、恐怖心と焦り……それを未だ消化できず、囚われ続けている自分への憤りが原因である。

シュシュのことを言えないくらいに、がむしゃらに走って青炎の記憶モンスターを屠(ほふ)っていく。

やがて、巨大なブロンズドラゴンのモンスターがオズワルドの行く先を塞いだ!

オズワルドは思わず息を飲んで歩みを止め、[観察眼]を発動させながら慎重に動向を伺う。
緊張して、全身が強張っていた。

(くそっ!……また……!)

このモンスターは、いわばオズワルドのトラウマであった。
まだ、倒したことがない。

過去に、オズワルドは険しい渓谷で自主トレーニングしていたことがあった。
一般的に見て強い魔物が多数生息しているため、シヴァガン王国の立ち入り要注意区域となっている場所だ。
炎に弱い種族が多かったので、浅い場所でひそやかに狩りをこなしていた。早く、どれだけでも強くなりたくて。

複数のそれなりに強い魔物を倒し、オズワルドが少し疲労してきた頃。足を踏み外して、崖の下に落ちてしまった。

……その時、傷付いた強者の気配を察してはるばる現れたのが、この辺り一帯のボスであるブロンズドラゴンである。
オズワルドにとってはまだまだ格上の相手で、ドラゴンのブレス攻撃をかわすのがやっとだった。
それすら、ドラゴンに手加減されて遊ばれていたのだが。

やがて身体が思うように動かなくなり、ついにブレスが尻尾の先をかすめた。
ブロンズドラゴンはつまらなさそうに翼を畳んで、オズワルドをひと息に踏み潰そうとした。

絶体絶命だった。

そんな時、満身創痍のブラックドッグの前に現れたのはーー父親、魔王ドグマ。

圧倒的な覇者の風格!
魔人族の姿なのに、ドグマよりもよほど大きなドラゴンを飲み込むような存在感に、ドラゴンも思わず後退した。

オズワルドは(……もう、大丈夫)とホッとすると同時に、父の途方もなさに震えた。

デス・ケルベロスの姿になったドグマは、ブロンズドラゴンをあっさり噛み砕き、一撃でトドメを刺す!
森の木々を炭にしてしまうと叱られるため、炎技は使わなかった。

「随分苦戦していたようではないか。オズワルド。このくらいのドラゴン程度は蹴散らせるようにならなければ、我に勝つことなど到底できないぞ?
まだまだ精進するといい! ふはははは!」

ドグマはそう言ってヒト型になると、グッタリしていたブラックドッグをひょいと持ち上げた。
オズワルドはドグマの緑魔法で外傷を癒され、この世界のどこよりも安全な父の腕の中で、少々あらく揺すられながら、敗北したまま王宮に帰ったのだ。
ブロンズドラゴンと、途方もなく高い”魔王ドグマの背中という壁”に、オズワルドは敗北してしまっていた。

(あの壁を、超える想像がまるでできないんだ)

…………。

ーー思い出に浸っていたオズワルドが、ハッと刮目(かつもく)し、慌てて青炎のブロンズドラゴンのブレスを避ける。

反撃しようとするものの、要注意区域の一角のボスの写し身であるブロンズドラゴンは現在のオズワルドよりも強く、多彩な攻撃により道端に追い詰められてしまう。

(!?)

そんな時、目の前に鮮やかな紫色の炎が灯った。
大きなケルベロス耳を持つ男性の姿をかたどっていく……!
男性は、ブロンズドラゴンの首を高温の炎で溶かし、難なくオズワルドを救ってみせた。

(……魔王ドグマ……)

超えられない、と改めて思った。
映し身でさえ、彼は絶対王者としてこの空間の頂点に君臨している。

くるりと自分の方を向いて、いつものように不敵な笑みを浮かべるかと思ったが……紫炎のドグマはドラゴンを片付けると、オズワルドに背を向けたまま道の先へ歩いていく。
まるでオズワルドの盾となり、行く先を守るように。

オズワルドは戸惑ったが……仕方なく、ドグマの後をついて歩いた。
ドグマは今の自分を見て、どんな顔をしているのだろう、と少し恐れながら。

あのブロンズドラゴンよりも強大な敵は現れなかった。
渓谷事件の後、ドグマと共に特訓した時に狩った獲物たちが襲いかかってきたので、ドグマがまず紫炎でモンスターを焼き消し、オズワルドは死角を狙ってきた個体を倒す。
このような共闘の経験は初めてで、なんだか新鮮さを感じた。
いつも、オズワルドが倒せそうな獲物は全て譲られていたので。

そうして道を進むと、次第に視界が明るくなってくる。
辺りに浮かぶ思い出は優しいものばかりになり、ささくれたオズワルドの心を癒した。

道の果てらしき場所に、純白の扉がある。
周りの炎は、いつのまにか純白に変化していた。

紫炎のドグマが振り返る。
オズワルドがハッと息を飲んだ。

ドグマは……いつものように、愉快そうに息子の様子を眺めてただ笑っている。
失望なんて、まるで感じ取れない。

(…………っ! まあ、この空間のドグマは、ってことなんだけど……。
……なんだろ……安心、した)

オズワルドがドグマを見上げたまま、ほーーっと細く、長く息を吐く。
それから、(いや、いつも通り不敵に笑ってみせるだろうと、俺は助けられた直後にちゃっかり確信していたじゃないか)……と思い至る。

自分に背を向けたままのドグマの行動が予想外で、不安にはなったが。
思えばドグマは、現実世界でも、オズワルドが負けた後だって、一切接し方を変えなかった。

オズワルドは目を丸くして、ドグマを凝視する。
父を知ろうとするように。
彼が高圧系ド口下手(くちべた)なのは、モスラに弱みを握られた事件でもう理解していた。

ドグマはいつものような高笑いこそしないものの(モンスターたちの叫び声もなかったので、この空間では声が出ない仕様なのだろう。一度だけ、オズワルドが見る前にドグマが倒したモンスターは悲鳴をあげていたが)何かを言いたげに口を動かす。
何を伝えたいんだろう? と、オズワルドは頭を悩ませる。

(!)

ドグマが、ばっと両腕を広げてみせた。
通せんぼしているというよりは、息子を抱きとめようとしているような体勢だ。

オズワルドが出した答えは……

(赤魔法[フレイム]、スキル[炎の毛皮]!)

魔力のありったけを込めるイメージで、獣の毛皮をまとっている部分に[フレイム]の炎を纏わせる。スキルを併用したちょっぴり反則レベルの力技だ。

オズワルドを青い炎が包む……ーー片耳と前髪、尻尾の先が、純白に染まった……!
気持ちの高揚に同調するように、道の両脇の白炎も燃え上がる!

(アンタと、俺自身(・・・)と、そして主さんと仲魔が望んでくれた力……! これが見たかったんだろう?)

オズワルドが素早く駆け出す。
ドグマの胸元に、超高温の白炎を纏いながらつっこんだ!
紫炎は白炎に喰われて、消えてしまった……。

オズワルドはその勢いのまま純白の扉にぶつかり、なにやら受け皿のような空間に飛び出る。
思いきり鼻を打ち付けたため涙目になったが、金眼は煌々(こうこう)と興奮の光を宿しており、赤みを帯びていた。

この空間の中の出来事ではあるが、オズワルドは父の壁を確かに破ったのだ。
心臓がドキドキと鼓動を伝えている。

(勝てるビジョン……なんだろうか……?)

まだ、よく分からない。
しかし今までとは何かが変わったと、確かに実感している。

ここにたどり着くまでにとても努力したオズワルドの身体を、優しく抱きしめるように、光が空間に満ちた。

(魔王ドグマ……父様……やっぱり、攻撃された瞬間にも、不敵に笑ってたな……ブレないなぁ)

ウトウトしながら考えていると、なんだかおかしくなってきてしまって、オズワルドは笑いを堪える。
そして光に甘えるように、瞳を閉じた。

▽Next シュシュの道

 

 

 

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