14:偽装工作

ラビリンス・フォールから出たレナたちは、目の前の変わり果てた森の姿に戦慄していた。
ザッと血の気が引いた顔で、頬を引きつらせながら互いに視線を交わらせる。
「…穴にオチて良かった…!」
皆の顔に、そう書かれていた。

森は、もはや自然豊かとはとても言えないほど、ひたすらズタズタになり木材放棄所と化していたのだ。
緑の絨毯はえぐられ茶色の土肌をさらしているし、大木は幹からへし折られていて、砕かれた岩片が散乱している。
獲物に逃げられ癇癪を起こしたクマが、大暴れしたらしい。
今は姿がなく、ホッと胸を撫で下ろす。

「…やっぱり、素直に幸運に感謝しておきましょう?」

「そうだね…」

『『うっひょぉーーー。
クマさんの爪痕、おっきいわぁーーっ』』

『…足跡もある!…おっきいね…』

「”人喰い大クマ”だもんねぇ」

しみじみと、レベル35の脅威を噛みしめる一同。
もちろん、先生がチートな瞳で辺りを索敵中だ。
魔物が近くにいたらこんなにのんびり観察していられない。
人喰い大クマの理不尽な癇癪を恐れたのか、別のモンスターたちも今はこの場から遠ざかっているようだった。
これも幸運のうちなのだろうか?
なんにせよ、ラビリンス・フォールさんには圧倒的感謝である。手を合わせておこう。
本当に、ありがとうございました…!

「ここってさ。偽スライムを設置するにはちょうどいい場所かもしれないよね?」

ルーカ先生がぽつりと呟く。
クレハ・イズミをチラッと見やった。

『そうだねー?
さすがのクーたちもこの攻撃には参っちゃいましたなぁ!』
『溶解しようとしたけれど、毛皮が頑丈すぎたのよぅー…!
かなわなくても仕方ないよねっ?』
『『あーれー!
ヤられちゃったわぁーーっ!』』

問題なく、スライム達も殺られる状況なようだ。エア戦闘の結果、負けたらしい。

希少種ジュエルスライムの個有スキル[超硬化]を使えば、もしかしたらクマの爪攻撃にも耐えられたのかもしれないが、そこまではまぁ考えなくてもいいだろう。
追手はスライム達の詳しい強さは知らないし、偽死体を置いても深読みはされないはず。
レナはギルド員に『ミニ・ジュエルスライム』についてのカード項目をチェックされていたが、欲深い彼女があの一瞬で見ていたのは「宝石を吐き出す」という説明箇所だけだった。

「この辺にしますかー?」

仮で偽のスライムを置いてみるレナ。
ちょうど粉々にされた大木と爪痕の中間あたり。
地面にぽいっと偽スライムを投げ置いてみると、そこそこ馴染んでいた。

「うん。いいと思うよ。
一番思い切り殴りつけた場所みたいだし…こんな攻撃受けたらいかに希少種といえどもひとたまりも無いだろうね。
僕なら、そう考えるかな」

「じゃ、決まりですね!
ちょっと崩してそれっぽくしておきましょう」

再び偽スライムは拾い上げられる。
そう、このまま置いて崩すより、思い切り叩きつけられた感を出した方がそれっぽいのだ。

ルーカとリリーは周囲の木片に更に手を加えて、「スライムが殺られたぞ!」感を演出しにかかっていた。

『『ご、ご主人さまぁ。優しくしてねーーっ?』』

クレハとイズミがふるふる震えながら、ベイビーを見つめて、小声でレナに話しかける。
…彼女は申し訳なさそうにてへへと笑っていた。

「うーん。ちょっと難しいかなぁ。
ごめんねっ?」

『『あああッ!!』』

べっっちょん!
自然にツブされたスライムの演出というものはとても難しいので、思い切り投げつけましょう。
偽装を疑われてはマズイのだ。

スライムジェルの端っこが無惨に崩れたのを見て、悲鳴を上げるクー・イズコンビ。

次いで、もはやお飾りになっている鞭を高々と構えるご主人さま!
クマの爪をイメージしてー、ジェルに打ち付ける!べちん!べちん!きちく!
いい感じの凹みがついた。
レナさんの運動センスは補正されていても、攻撃力は相変わらず底辺なのでボディは崩れきっておらず丁度いい死体具合だ。

仕上げに、ルーカが魔剣で宝石に傷をつけていき、強度の強くない種類だった宝石にはガッツリとヒビが入る。

…暗い影を背負いながら、かつてのベイビーの残骸を眺めるジュエルスライム。
彼らとて、親だったのだ…

「ごめんねー。
代わりに、貴方たちのことはいっぱい可愛がるからね。おいでー」

『『ああーーん!ごっ主人さまぁーー!
ぱふぱふーーっ』』

薄情。
いや、魔物の親子間の絆とはだいたい薄っぺらいものである。
甘える材料にされただけの偽スライム達が哀れには思えるけど、このおふざけは主従の通常運転なのでこれでいいのだ。
ぱふぱふーなどと言っているが、何度も記述したようにご主人さまの胸はスペシャルAサイズなので混乱させてすみませんでした。

上手いこと死体を偽装できたなーと、ルーカとリリーも満足げな表情になっている。

ここは森の中だが、街道からそこまで離れていない場所であるし、クマが通ってきたあからさまな獣道もあるので、偽スライムたちは追手に見つけられるだろう。
時間稼ぎ…上手くいけば、死亡捏造までできるかもしれない。
追手が都合よく解釈してくれれば助かるなーと、ちょっぴり期待する。
それにはもう一押し、演出が欲しいところ。

「…ついでに、”喰われた主人の血”が散ってるとよりそれっぽいんだけどな?」

ルーカ先生がレナを見つめる視線には、多分に期待がこもっていた。

「ゔっ…!?」

背後にやばい気配を感じて、固まるレナ。
肩がトントン、と、後ろから軽く叩かれている。見たくない。見てはいけない気がすごくする。しかし肩は叩かれ続ける。

…ギギギ、とゆっくり振り返ってみた。
うわーぉ、いい笑顔!

『…全部、私にまかせていいよ!』

「ああああ」

こうして、撒くぶんだけの血液を提供した(させられた)レナさんは、また更に注射的なものが苦手になったようだ。

現場は素晴らしくそれっぽく仕上がりました。
では、移動しましょう。

どうやってリリー嬢が口で吸った血液を地面に撒いたのかって…?
乙女の名誉のために伏せておきますね。

***

森を抜けて、再び街道沿い付近まで歩いてきたレナたち。
もちろん、見通しのいい道には下りずに、石垣の影に隠れて様子を見ている。
ラビリンス・フォールで仮眠したのは3時間。前にこの道を通った時からは、4時間と少し経っていた。

道にはまだ、あの「赤好(アカズキ)盗賊団」所属のおじさんたちが、マンモス肉状態で横たわっている。
先生はよほど強烈な雷気をお見舞いしていたらしい。
辺りに血が飛び散った様子もないので、あのおじさん謎肉は、モンスターに襲われたりはしていないようだ。
森には魔物が多いから、数時間もああしていたら普通なら見つかって喰われるものだが…
いかにリリー嬢の謎肉幻影チョイスが絶妙だったか、というのがよく分かる。
本人はてへへと笑っていた。

「…ルーカさん。
ついでに、あのおじさん達にも、別の偽装を手伝ってもらいませんか?」

レナが赤おじさんたちを見ながら、なにやら不穏な話を持ちかける。
だいぶこの世界に染まって来ているようだ。よろしい。
ピクリ、と片眉を上げてみせたルーカが彼女に問う。

「へぇ。
たくましくなったね、レナ?先生はとても満足です。
それで、貴方は何を思いついたのか聞いてもいい?
あの人たちを犠牲にするんだよね…」

「言い方を!…もうちょっとソフトにお願いします、まだ良心が痛むので…!
【テレパシー】をお願いします」

「うん」

ルーカはテレパシーを発動させた。
対象には一応、従魔たちも入れておく。
説明する主人の声は彼らには聞こえないが、対応するルーカの声だけでも聞けていれば、あとで説明の手間が少しは省けるだろう。
補足で作戦を伝えるつもりではあるが。

じっと、紫の目を見つめるレナ。

「(…この人たち、盗賊”団”って名乗ってましたよね。
だったら、他にも団員の盗賊さんがいると思うんですよ。
その人たち全員の思考を誘導したいと思います。
分かりやすく言えば、仲間を気絶させたのは”ガララージュレ王国軍”だというように)」

目を丸くするルーカ。

「(ふんふん。
…面白いこと考えるね。具体的にはどうするの?
王国と盗賊とは敵対関係にあったはずだから、方法によっては不可能じゃない)」

「(まず[幻影]を解除して、人が倒れているだけの状況にします。
そして…彼らのダイイングメッセージを地面に残しておくんですよ!
えーと…。
“国軍が”とか、おじさんが指で書いたように偽装しておいたら、仲間の盗賊達が引っかかってくれるかもしれませんよね?
私たちが姿を見られたのは一瞬でしたし、すぐ[感電]させられて記憶があいまいな現状で自分の書き置きを見たら、あのおじさん達も勘違いしてくれるかも。
…国が団員に手を出しやがったなー!ってことで、盗賊団と追手とが衝突してくれる可能性が)」

「(愉快な子だなぁ)」

「(あります!
…あれっ!?えっ。ダメですか!)」

「(うーん。
希望的観測なところが多すぎるよ)」

レナさんは時々すさまじい天然さを発揮する。
この盗賊を使った作戦はアレだ、やっっすい刑事ドラマとか、昼ドラの被害者のやつだ。分かりやすく言えばチープ。
なんとも平和な思考である。
こんな偽装に引っかかるバカな大人がいるとはとても思えなかった。
まず、99.9%ありえない。

先ほどの偽ジュエルの作戦はとても良かったのだが…これは正直、ないだろう。
ルーカ先生のあえての優しい視線が、レナに突き刺さる。
…自信を無くしたのか、彼女は盗賊おじさん達を見て目をそらしていた。

ほら、先生?
貴方あいづちばっかりうってたから、従魔の皆さんは話の内容が分からなくて、頭上にハテナを飛ばしまくってるよ。
どうしてヌルい表情になったのか。ご主人さまから聞いた作戦をしっかり説明してあげて?

「(…かくかくしかじかでね?)」

『レナすごーーい!』
『わっしょーーい!』
『アゲちゃうーー!』

「…え。すごい?この作戦、イケてるかな?」

『『『レーナ!レーナ!レーナ!』』』

「わあ!」

「…ああそうだった…」

この主従たちはこんなんだった。
先生の精神力がザクザクと削られていく。

従魔たちは、基本的にご主人さまにはダダ甘だったのだ。
消えかけた火に油を注ぎまくっている。
スライムは控えめながらもくるくると踊っているし、リリーが勇気づけるようにぎゅっとレナの手を握っていた。

可愛い従魔たちの応援に、ご主人さまは速攻メンタルを持ち直してしまった様子。
期待した目で、ルーカを見つめている!

▽レナは 作戦の承認を 心待ちにしている!

期待した目は、さっきの吸血誘導の仕返しではありませんからね?

(ここはスルーして早く先を急ごうって言うつもりだったのにな…はあ)

困ったように頭をかくルーカ。
髪を耳に軽くかけたあと、ふぅ、と悩ましげなため息を少しだけ吐いて、周囲を魔眼で見渡した。
やっぱりなんだかんだ言って、付き合いがいいらしい。
索敵した結果、すぐこちらに駆けつけてきそうなモンスターや追手の姿は見当たらなかった。
まぁ、この作戦はすぐ済ませられるものだし。しょうがないなー、とレナを手招きする。

彼女たちがはしゃがないよう人差し指を唇にあてて「静かに」の仕草をして、小声で話しかけた。

「作戦を実行してもいいよ。
ただし、長居して敵と鉢合わせたらまずいから、早めに偽装を終える事が絶対条件だからね…?」

「…!やった、ありがとうございます!」

『『『わーーい!
良かったね、レナーーっ』』』

「ちょ。しーーっ」

小声でも喜んでしまったレナたちに、もう一度「落ち着いて」と注意して、ルーカは、倒れた盗賊の向こう側の森を目を細めて見つめた。
…”ソレら”がこちらに来るには、まだずいぶんと距離があいているから、安全だと判断したのだ。
仲間の盗賊団と見られる男たちの姿が遠くに視えている。
この目の前で倒れている謎肉たちを探しているのだろう。

盗賊たちがウロウロしているのは困るが、レナのささやかな”ダイイングメッセージ大作戦!”を仕掛けるには、なんとも丁度いいタイミングだった。
実行するなら、今しかない。

「僕は周りを警戒しておくから、行っておいでレナ。
まず問題ないと思うけど、早めにね。
ラナシュ文字は書けるかな?」

「…こうでいいでしょうか?」

レナが試しに地面に字を書いてみる。
日本語で書くつもりだったのだが、指を動かし始めてみると、予想とは別方向に勝手に動いて、謎言語を記していた。

「合ってるよ。
貴方がこっちに来た時の補正が、文字にもかかってるのか。便利だね。
盗賊が書いたように偽装するなら、字は崩して荒く書いたほうがいいと思う」

「はい!」

レナはキョロキョロと辺りを見渡したあと、たたっとおじさん達に駆け寄って行った。

リリーが肉幻覚を解除すると、ヨダレを垂らしてだらしなく眠る赤いボロ雑巾に戻る。
白目を向いたそのえぐい形相に「うっ」となりながらも、レナは、盗賊の腕をいい感じのポジションに動かし、その指先でなぞり書きしたように”王国ぐ”と記していく。
(ぐん、と書く前に力尽きたイメージだ)
盗賊の赤い衣服はルーカの雷でコゲついていて、ここで何かがあったのは明らかっぽく見えていた。
ついでに小石や砂もパラパラと散らしておく。
仕上げに、盗賊の意識がないのを再度確認した後、耳元で「王国軍王国軍王国軍王国軍」と囁いておいた。
悪夢を見そうだ…なかなかに小技が効いている。

作業を終えた彼女がルーカを見つめると、テレパシーで(合格。帰っておいで)と伝えられた。

再び合流して、再出発するため立ち上がる。
森の中に入った状態で、この道に沿うように進んでいく予定だ。
再びクマに出会わないよう、索敵は入念にしていこう。

盗賊たちにした偽装の結果を見るまでここで待っている事は出来ない。
残念だが、あとは運に任せることにした。
相手の盗賊の頭が弱いことを祈る!
盗賊とエンカウントする前に別の魔物に喰われていたら、それはもう知らない。

この世界で生きていくには、悪党でも助けたいなんて甘っちょろい考えは捨てなくてはいけない。
自分たちが生き残ることを一番に考えなくては。
…レナは、ズキズキ痛む胸をぎゅっと抑えこんだ。

…自分のしたことを忘れないように後ろを見て、盗賊たちの姿をしっかり記憶に刻みこみ…また前を向いて、もう振り返らなかった。

***

街道は赤色で満ちていた。

「お頭ぁ!アーンとポーンがこんな所で倒れてますぜぃ!?
ほとんど死にかけだ!」

「なんだってぇぇーー!おいコラ!
お前たち、誰にやられて…王国軍だと…?」

「…許せねぇ。
奴ら、盗賊からも税をとるとかフザケたこと言って、こないだ押しかけてきたばっかじゃねぇか!
まとまられちゃ敵わんからって、個人を狙ったのか?」

「卑怯な!
いつもみたく手酷くヤリ返してやりましょうぜ、お頭ぁーー!」

「あたぼうよ。
仲間をこんなにされて黙っていちゃ、ここら一帯を牛耳る大盗賊団としても示しがつかねぇしな。
…団員300人全員、集めてこいや!
王国軍を血祭りにあげてやるぜええええぇぇぇ」

「「「「おおおおおおおおお!!」」」」

「アーンとポーンはこの赤好(アカズキ)盗賊団の中でも最弱。頭も実力もな。
…こいつらを倒したからっていい気になってんなよ政府ぅーーー!!」

「「「「おおおおおおおおお!!」」」」

「お頭ぁ!アーンポーンが目を覚ましました。
“なんか王国軍ってめっちゃ頭に残ってる…それ以外はよく分からないんだ、俺だれ?”だそうでさぁ!
ひでぇよ…」

「ちっくしょうめーーー!!
もう許さんぞ、王国軍よ。待っておれ!!
野郎ども行くぞぉーーッ!!おおおお!!」

「「「「おおおおおおおおお!!」」」」

この日からしばらく、ダナツェラから小村の間にある森と街道は、不気味な赤い色で埋め尽くされた。
時おりガララージュレ王国の制服の青色も混じり、王国軍はワケも分からないまま剣を抜かされている。
激しい戦闘が繰り広げられた。

【赤好(アカズキ)盗賊団】
彼らは、総じておバカな当て馬モブだった。

 

 

 

 

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