132:送別会のその後で

パーティの片付けはホストのレナたちの仕事。
招待客たちはほっこり胸を温めて、帰路につく。
深夜なので道中お気をつけて、とレナが一言添えた。
女性の送迎は男性たちが勤めてくれるし、帰り道で危ない目に遭うことはないだろう。

マリアベル、クリエ、ロベルトが手を振る。

「とっても楽しかったよー! 素敵な催しに誘ってくれてありがとねっ。
再度言うけど、アリスさんとモスラさん、また来て下さいね」

「たくさんのお料理、ごちそうさまでした。リリー様、またアクセサリーレッスンの日に会えるのを楽しみにしています」

「あっ、いいなぁ」

「数々のパフォーマンス、素晴らしかったです。それでは失礼します。また明日の朝に部屋に伺います」

それぞれが挨拶をして、踵を返した。
明日の朝に、はもちろんロベルトのセリフだ。
近々、獣人たちの指導を始めてくれるそう。

ガルボが何度もレナたちに頭を下げて、親方とラギアと帰る。
よほどいい思い出になったのだろう、ガルボの頬はリンゴのように上気している。

ラギアは少し疲れた顔をしているものの、まだまだ元気そう。パーティでの影の活躍を考えるとかなりタフだと言えるだろう。

酒に飲まれず、親方たちはしっかりした足取りで立ち去った。

あとは……

「大荷物になっちゃいましたね。サディスさん、ノアちゃん」

レナたちが苦笑して、まだまだ起きる様子のないルイスを眺める。

宰相はアタッシュケースの異空間の中から、箱馬車のおもちゃを取り出した。
魔力を流すと、だんだん大きくなっていく。
小ぢんまりした高さ1メートルほどになると魔力を断ち、馬車の扉を開けて、中にルイスを放り込んだ。
天蓋つきの馬車の内部はすでに椅子が取り払われていて、ふかふかの毛布が敷かれている。
ルイスが快適そうに寝返りをうった。

「これで運びますので問題御座いません」

「わ、すごい! 木造りのポニーが馬車をひいてくれるんですね」

メリーゴーランドの馬のような見た目だが、足が短くて丸みがあるいかにも子どものおもちゃらしい可愛いポニーが馬車に繋がれている。
仏頂面の宰相との組み合わせがなんだか面白くてレナがクスッと笑うが、おそらくノアのためにこの魔道具を持ち歩いているのだろう。

「今はノアの体調が良さそうなので、ノアは徒歩で帰らせます。体力作りのためにも。ルイスはこの眠った状態のまま我が家に帰宅させます」

「お、お疲れ様です」

帰ってからも宰相の仕事は続く……ということである。
深夜で王宮の正門はもう閉まっているし、せっかく個人のパーティに魔王が参加することを隠したのに無理やり王宮に帰還させて勘付かれでもしたら元も子もないのだ。
一晩自宅で世話をしてくれるらしい。
起きて騒がないことを祈るばかりだ。

レナは無難に返答して、誤魔化すようにへらっと笑った。

「レナさん。ケーキのお土産をたくさんありがとうございます。カフェロールも」

「全員でも食べ切れないくらい大量に作っちゃったからねぇ。ノアちゃん、またティータイムの時に、今夜のパーティの余韻を楽しんでね」

「はい!」

ノアがケーキの箱を両手で大切そうに持って、明るく返事をする。ケーキを気に入ってくれたんだな、とレナも嬉しくなった。
ノアちゃんも家でカフェロール食べるのかな……? とレナが宰相をチラ見する。

「藤堂レナ様。蜘蛛種族への影響検証のためカフェロールをご提供頂き、誠にありがとう御座います。御礼はまた後日に。
影蜘蛛を酔わせる食品に出会ったのは初めてなので、慎重に研究して参ります。
最近活動を活性化させている犯罪組織の一員、見張りの鏡蜘蛛(ミラースパイダー)に随分困らされていまして……鏡蜘蛛を攻略し、犯罪集団を捕縛できる可能性が高まりました。
感謝申し上げます。
これからコーヒー豆の輸入も検討致します」

「……こちらから素材を譲れなくてすみません。今回のケーキ作りで使い切ってしまったので……」

宰相がつらつらと語り、会釈する。
レナはなんとかぎこちない微笑みを維持する。頬は引きつっている。
犯罪組織捕縛に貢献するかもしれないなんて聞きたくなかった……!

宰相がここまで話したのは、酔いのせいもあるかもしれないが(言いすぎた、というようにさりげなく口元を押さえている)、ノアがカフェロールを口にしないように釘を刺す目的もあったのだろう。
ノアがちょっぴり残念そうにしゅんと肩を落としている。食べてはいけないと理解したらしい。
しかしみんなに心配をかけないようにと、健気に取り繕ってみせた。
レナは少しかわいそうに思ったが……

「(ノアさんは影蜘蛛にしてはかなり弱い個体だから、カフェロールの成分がどれくらい身体に影響を及ぼすのか分からなくて、宰相も慎重にならざるを得ないんだよ。
成分検証が終わって安全が保障されたら、またカフェロールの作成をレナに依頼しようか……ってちゃんと考えてるみたい)」

ルーカがレナにテレパシーで伝える。

「(良かったです。これもお父さんの愛情ですよね)」

レナがホッと胸を撫で下ろした。
どの父親も、なんだか不器用だ。

影蜘蛛はたくさんの卵から強い個体を選別して育てる習性があるが、ノアは希少なメスだったため、弱い個体ながらも孵化され育てられているそう。
メス蜘蛛はオスよりもひと回り大きく、頑丈なはずなのだが、ノアは悪い意味でイレギュラーらしい。

本来ならばもうとっくに父親の庇護下から離れて自分の巣(ハーレム)を作る年齢なのだが……身体が成長せずいつまでたっても子どものままなので、宰相が巣立ちを許可しないのだ。
お父様に迷惑をかけてしまっている……と、ノアはパーティの最中にこっそり泣き言を漏らしていた。

レナは従魔から助けを求める目を送られたが、親子でこの問題に真剣に向き合っているのだろうし、と首を横に振った。
軽率な善意で首を突っ込んでいい案件ではないと判断したのだ。

その代わり、ささやかだが、ケーキを多めにお土産に持たせてあげた。

「それじゃ、また……。……おやすみルイス」

オズワルドが箱馬車の窓をそっと覗き込んで、スヤスヤ眠るルイスに声をかける。
実は、このように就寝前の挨拶をしたのは数年ぶりだ。
いつも父親の長話から逃れるようにフテ寝していたのだから。デス・ケルベロス式の訓練はとても厳しく、毎日疲れていたのでいつでも三秒で寝られる状態だった。

オズワルドは穏やかな瞳で小さな父親を眺めて、馬車が動き出す前に数歩後ろに下がって手を振った。

「それでは失礼致します。
明後日、お二人がシヴァガン王国を立つ際にまた挨拶させて頂きます。
今宵はお誘い頂き、誠にありがとう御座いました」

「見送りしてくるわね。送り狼にはならないから安心してちょうだいな、サディス様。
お宿♡の事は任せるわ、ララニー」

宰相の隣にネレネが立つ。
宰相の眉間のシワが増えたが、コーヒーの酔いが戦闘力にどれほどの影響を及ぼすか分からないので、素直に申し出を受け入れた。
ちなみに酔いの影響で、蜘蛛の糸を操る精度が若干落ちることが後で分かった。

ララニーが新品のハンカチを噛み締めてネレネお姉様を見送る。

「リリーさん、シュシュさん、またね……」

名残惜しそうなノアを、リリーとシュシュがむぎゅっと抱きしめて「「またね!」」と全身で伝えた。
保護者たちが微笑ましげに交流を見守った。

魔王監視のため、グルニカの籠が箱馬車に放り込まれ、宰相たちが歩き出す。
ポニーもゆっくりと足を動かし始めた。
カタンカタンと車輪の音を小さく響かせて、ララニーを除いた招待客たちが帰っていった。

(お片付けは後で時短で、スマホさんに[スペース・カット]してもらおうっと)

いったんテントをそのままにして、表の電飾の光を消し、レナたちも帰る支度をする。
夜道で不審者に目をつけられたら困るので、従魔たちは魔物姿に戻った。

さあ帰ろうか、とレナがみんなに声をかけると、アリスとモスラが顔を見合わせる。
察したルーカが気を利かせて、キャンディの籠をいったんモスラから預かった。

「レナお姉ちゃん!」

「レナ様」

「「今日は本当にありがとう(御座いました)」」

ノアたちが戯れていたように、アリスとモスラもレナをぎゅっと抱きしめた!
珍しい状況にレナが目を丸くして、それから幸せそうに笑う。
ララニーがまたハンカチを赤く染めた。

レナたちはパーティの余韻に浸りながら、いつもより更に近く寄り添って、仲良くゴールデンベッドで眠った。
今日はアリスとモスラが中央にいる。
パーティが盛り上がってつい夜更かししてしまったので、みんなすぐに深い眠りに誘われた。

***

ーー日が落ちて数時間後……いつもレナたちが眠る時間帯に、夢を渡る不審者が訪れて首を傾げた。
お宿♡周辺の夢をウロウロと彷徨(さまよ)ったのだが、レナたちの夢の殻がどこにも見当たらない。
いつもこのお宿♡を拠点としているのに。

もしや、宿泊場所を移ったのだろうか? と考えて焦る。

(せっかく強い魔物への精神干渉が順調に進んでいるというのに……ここで、あの従魔の制御を諦めるのは実に惜しい。
仲魔に気配をさぐらせるか……)

いったん夢渡りをやめて、自分の身体に意識を戻した。

アジトで待機していた仲魔が不思議そうにしていたので、事情を説明して、レナたちの気配を遠視で探らせる。

「ちょっと離れたところで宴会してるみたいだよ。結界が張られてるから、あたしの目で視なきゃみつけらんなかったんだねぇ。イベントがあるからまだ寝てないだけじゃないかな?」

「分かった。では私はその場で待機することにしよう。また、しばらく身体を離れる。見張りを頼むぞ」

「ん」

艶やかな髪を持つ鏡蜘蛛(ミラースパイダー)の少年が返事をした。

「よっぽどその子の能力が有望なんですね……そんなに入れ込まれると……。……」

「今の魔王の力は絶大だ。歴代魔王の中でも上位で、まだ若くこれからも成長の見込みがある。
デス・ケルベロスに対抗するためには、我々ももっと戦力強化しておかなくてはならない。優秀な者はどれだけでも身内に招いておきたいんだ」

嫉妬した少女を男性が宥めて、「ここにいる全員が優秀で、この世界に祝福された者なんだ」と念押しのように声をかける。
少女はコロリと機嫌を直して、喉を鳴らした。

組織のリーダーである男性は寝台の上に横たわると、目をつむり……ピクリとも動かなくなった。
再び夢の世界に旅立ったのである。

***

晶文により視認されなくなった男性が、黒い靄をまとい人々の夢を渡っていく。
ヒビ割れた夢の中に、通りざま暗い火種を放り込むと、眠った人々は苦しそうに寝返りをうった。

災いを振りまきながら…………ついに、レナたちがパーティをしているテントの近くの夢に辿り着く。
道しるべにした近くの民家で眠っている恋人たちの心は幸福に満ちていたので、一睨みして放っておいた。

(結界により夢の殻が視認できなかったようだが、広場の内部にさえ入り込めば問題なく確認できるな。
フン、まさか精神世界を渡る者がいるとは考えなかったのだろう。
……。あの主従たちは、まだ誰も眠る気配がないか)

人物はじいっと、広場に浮かぶ心の殻を眺める。
眠っていない状態では精神に干渉できない。
しかし、望んでいた幼い従魔の存在を見つけて、クッと口角を吊り上げる。

ほんのり桃色の夢の内部は……人物の干渉により、ネガティブな気持ちが増大して、今や目眩がするほど毒々しい真紅で塗り潰されている。
何度も何度も、愛されたいの! と幼い響きがこだましていた。

人物が心地よさそうに耳を澄ませる。

(? ……見たことのない子どもの心の殻がある。どうやら眠り始めたらしい)

レナたちと共にいる魔人族は全員が実力者で心の殻が強硬なうえ、ポジティブな光を帯びている。
ノアの心には哀愁の気配があったが、何やら様々な魔道具で厳重に守られているので迂闊に手を出すことはしなかった。

そんな広場の中に一つだけ……なぜか半透明で、一切記憶が反映されていない奇妙な殻があった。
まるで記憶喪失になった直後かのよう。
人物の目が釘付けになる。

その心の殻は人物が眺めている前で柔らかな白い靄に包まれて、夢を見ている状態になった。

警戒しながら、人物が透明な夢に歩み寄る。
子どもにしてはありえないくらい大きな夢の殻。

(…………。夢を見ている状態なのに内部がまっさらなままだ。おかしい……このような状態の夢には遭遇したことがない。
……。ラナシュ世界がまだこの者を認めていないのだろうか?
ということは、生まれたばかりの新種の魔物という可能性があり得る)

黒い靄の中でギラリと目が光り、少し遠くのモスラの漆黒の心の殻をまじまじと観察する。

自我がしっかり出来上がり充実した日々を送っているため、モスラの殻はヒビ割れ一つない均等な卵型だ。
理想そのものの健康な精神状態。
しかし……新種の魔物ゆえ、ほんの少しだけ透明感がある。

現在眠りに包まれた夢の殻と、似た状態なのだ。

(新種の魔物は、通常進化した魔物よりもずっとステータスが恵まれている……と聞く。
この無垢な夢の持ち主を、今のうちにこちら側に引き込むのはどうか?
夢の殻も大きく、成長が見込める!)

透明な殻は静かに沈黙していて、レナの殻が赤い光を纏っているように、自衛手段を持ってはいない。
人物がゆっくり手を近付けると、ヒビ割れが無いにもかかわらず、柔らかく侵入を許す。

満足そうに人物が頷いて、一応身を守る靄を濃くしてから、透明な夢の中に足を踏み入れた!

(お前をこちら側に招き入れよう……光栄に思うといい。ルイス!)

ヤッチマッタナーーー!
それドグマァァァァァァ!!

(!? ッッーーーー!!)

ーー人物が完全に夢の殻に入り込んだ瞬間。

殻の内部が一瞬で黒紫色に染まった。
恐ろしいほどの覇気が、侵入者に牙を剥く!!

巨大な獣の顎門(アギト)に何度も咀嚼されるような痛烈な感覚に、侵入者が本能的に叫び声を上げる。
それは、絶命の叫びとなったのだろうか? …………。

まるで罠のように、よからぬ者を誘い込んで嚙み殺してしまった夢の主(あるじ)は、羽虫でも払うかのように軽く手を振って寝返りをすると、オズワルドのお腹に頭を預けて、何事もなかったようにスヤスヤ眠り続けた。

そしておもちゃの馬車で運ばれている最中になぜか早くも身体が大人に戻ってしまい、子どもサイズの馬車を壊し、服を破って裸体になってしまったので、宰相に激怒された。
蜘蛛糸でぐるぐる巻きにしようにも狙いが定まらなかったので、ドグマはブレスレットで服を纏いグルニカの檻に放り込まれた。
めでたし、めでたし。

 

 

 

 

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