128:大悪魔マモンとの会合へ2

応接間の中は驚くほど広々としている。
天井は高く、大きな窓から柔らかい日光が差し込んでいる。
丸みがある独特な部屋の形は、礼拝堂を彷彿とさせた。

気持ちを落ち着ける効果があるブルーホワイト大理石の床を、アリスとモスラがまっすぐ進む。
硬質な床を歩いても、二人は足音を響かせない。

部屋の中央より少し奥に、白いテーブルと椅子が並べられている。
来訪者を迎えるように、正面を向いて座る男性が一人。皮膜のある翼が背中から覗いていた。
爽やかな印象のこの一室で、黒い服をまとった男性ーー大悪魔マモンだけが、圧倒的な存在感を放っていた。
彼がこの場の主役なのだ、とアリスたちも理解する。

「ご足労下さり、誠にありがとうございます。経済部のマモンと申します。
悪魔族は大悪魔にクラスチェンジした場合、その種族名称が名前になるので、マモンとお呼び下さい」

「ご丁寧にありがとうございます。アリス・スチュアートと申します。マモン様にご挨拶させて頂けるなんて、とても光栄です。
こちらは執事のモスラと申します。藤堂レナさんの従魔のギガントバタフライですが、普段はアネース王国でスチュアート家の従者を務めています」

マモンの挨拶にアリスが応えて、モスラは無言で綺麗に一礼した。
従者は普通なら紹介されないものだが、レナの従魔なので一言伝えておくべきだろう、とアリスは判断したのだ。

マモンも軽く会釈して、人の良さそうな笑顔を浮かべる。

「そちらの彼がそうでしたか! レナさんの噂はかねがね伺っております。
本日はお二人との顔合わせが目的の会合なので、どうか気を抜いて、リラックスして話しましょう。
お茶とお菓子を用意しましょうか」

椅子に座るようアリスに促すと、マモンが指をパチンと鳴らす。
すると、テーブルクロスの上に淹れたての紅茶とクッキーなどのお菓子がぱっと現れた!

「まさか時空魔法!?」とアリスたちが目を丸くしていると、マモンは初々しい反応に嬉しそうに笑ってみせる。

「そう驚いてもらえると嬉しいですね。顔見知りの者には『またか』という顔をされてしまうので……。
実は、内部が見えない結界でこのテーブルの上を覆っていたのです。だから食べ物の香りにも、お茶の熱にも気付かなかったでしょう。
お二人がいらっしゃる直前に、給仕係にティーセットを用意してもらいました」

「そうだったんですね。どのような魔法を使ったのかと思いました……!」

この部屋には、アリスたちが出入りした扉以外にも二つの扉があった。
別の扉を使って、従業員がこっそりティーセットを運んだのだろう。
もしかしたら、その従業員にもマモンは「またか」という顔をされていたのかもしれない。
そう考えて、アリスはふふっと嫌味にならない程度に微笑む。

「おや、可愛らしい笑顔ですね。これだからレディにマジックを披露するのはやめられません」

「マモン様のおかげで緊張がほぐれました。ありがとうございます」

親しみやすい口調と雰囲気に、つい過剰に気を許してしまいそうになる。
これこそが有能な商人の証なのだ、とアリスは内心でマモンという人物を最大級に評価した。

大悪魔マモンは見た目にも、親しみやすさが溢れている。
それなりに肉がついたふくよかな体型。身長も容姿も平均的な中年男性。柔らかい栗色の髪を七三分けにしていて、黒い瞳は常に柔らかい弧を描いている。
この姿を見て、嫌悪感を抱く者はまずいないだろう。
かと思えば、高級スーツを難なく着こなしていて、たとえ遠くにいても彼に注目してしまうほどの存在感がある。

この人物像を計算して作っているなら、大したものである。
おそらくそうなのだろう、とアリスは緩みかけた気持ちをそっと引き締めた。

「この茶葉は”初恋桃(ピュアピーチ)”ですね。あの地方で茶業を営んでいる方と知り合いで、自宅に定期的に茶葉を届けてもらっているんです。香りが爽やかで、甘酸っぱい味がとても好みです……ああ、美味しい」

紅茶を勧められたアリスが、一口含んでほうっと息を吐く。

「それは良い偶然でした。この紅茶を選んで良かった。スチュアートさんは優秀なバイヤーだと伺っていますので、お眼鏡に適(かな)うような紅茶は……ととても悩みましたよ。
雪砂糖はいかがですか? さっと溶けて紅茶の風味を邪魔せず、さりげない甘みを添える。私のお気に入りなのです」

「希少な雪砂糖! この紅茶にきっとよく合う……素晴らしい組み合わせですね。ありがたく頂戴いたします」

「ええ、是非」

アリスのティーカップにマモンがシュガーキューブを一つ、音を立てずに入れた。
スプーンで混ぜなくても雪砂糖はさっと全体に溶けて消える。
アリスはためらうことなく口をつけた。
相手が用意した食べ物を疑うことなく口にするのは、マモンを、並びにシヴァガン王国を信頼する、という意思表示になる。

今回はモスラはアリスの後ろに立って控えている。
あくまで商業会合なのだ。
マモンは線引きをしっかりしていた。

ひと息ついたところで、マモンが居住まいを正してアリスをまっすぐ見つめた。

「シヴァガン王国へようこそ、アリス・スチュアートさん。国内の有名店へ何度か足を運んだと伺っております。我が国の職人たちが手がけた商品はいかがでしたか?」

これから、真剣な商業の会合となる。
マモンの雰囲気は柔らかく、どこまでも優しい口調だが、受け答えの一挙一動がアリスの評価となるのだろう。

現状未熟な商人だと評価されれば、今後マモンと話す機会は長く失われて、シヴァガン王国各店との取引も困難になるはずだ。
もしうまく立ち回れば、貿易に関してマモンからの口添えがあり、アリスはスムーズにシヴァガン王国の各商店と取引できるだろう。

何度もシヴァガン王国に足を運ぶことになれば、もうしばらくこの国を拠点にするレナたちにも頻繁に会える。
執事の数少ない要望を叶えてあげたい……ともアリスは思っているのだ。

しっかりと、マモンの底の見えない瞳を見つめ返して、アリスが口を開く。

「素晴らしい商品をたくさん目にすることができました!
アンベリール・ブレスレットで2,000,000リル分購入した商品は全て職人技が光る逸品でしたし、鍛治工房イーベルアーニャではトラブルに見舞われましたが店主のドミニクさんが誠実に対応して下さいました。
ルネリアナ・ロマンス社では既存シリーズを定期的に送っていただく契約をして、宝飾店メディチで店主直々のアクセサリー作りを見学しました。
どの店舗も独自の感性で良いものを作り出していて、とても興味深かったです」

「はははは! 随分と多様な経験をなさったのですね」

ここから、アリスとマモンが朗らかに、生馬の目を抜くがごとく苛烈な舌戦を繰り広げる。
政府役員たちがこの場にいたら、冷や汗で身体中の水分を流しきってカラカラに干からびていたかもしれない。

アリスは上手にシヴァガン王国を立て、優秀な商人しか気づかない点をさりげなくマモンに質問し、時には大胆な切り口の話でマモンを楽しませてみせた。

▽モスラの アリス様信仰度がぐーーん! と上がった!

「スチュアートさんとの話はとても愉快で、有意義です。時間が過ぎるのがあっという間に感じますね。このように笑ってばかりの会合は珍しい」

マモンはご機嫌でこう口にした。
アリスへの好意を全面に押し出している。

「ありがとうございます。シヴァガン王国の環境が素晴らしいので、毎日面白い出来事が起こります。おかげさまで、とても楽しく過ごしています」

「おや? 我が国をそこまで褒めて頂けて光栄ですが……もしや、レナさんたちと過ごしているからこそミラクルが多いのでしょうか」

「シヴァガン王国での日常を語ると、どうしてもレナさんたちとの話になりますが、彼女本人から『私のことは極力目立たせないで……』と言われていまして……」

アリスが苦笑してみせる。
マモンが(あれだけ目立つ事ばかりしておいて!?)と目を剥いて驚いた。

「ははは……! 承知いたしました。
では、政府内には今回うかがった数々のミラクルは伝えないでおきましょう。私の心の内に仕舞っておきます。たまに思い出したら、楽しい気分になれそうです」

▽マモンの心に レナストーリースペースが できた!

アリスの語るシヴァガン王国での日常=レナとのミラクルストーリーなので、この流れは仕方ない。運命だったのだ。

「ご配慮ありがとうございます」

「いえいえ。代わりにと言っては何ですが、私の能力を少しだけ披露いたしましょうか。
長く取引を続けている商人たちは全員知っていますので、口外しても構いませんよ」

アリスの目がキランと光る。
末長い取引を望んでもらえている……とも取れる発言だ。
商人的なその瞳のきらめきを、アリスはこの時ばかりは子どもらしい好奇心のように装った。

マモンも子どものような、イタズラっぽい笑いを浮かべる。

「私の姿、大悪魔という割には冴えないと思いませんか? 実は……この姿は言わば”商人マモン”として作り上げているのです。
[印象操作]と[体型変化]、[幻覚]のスキルを同時に使っていまして。
本来の姿はそれなりに悪魔らしく、迫力があるのですよ」

「あまりに自然なので、今の姿が本来のものだと思っていました……!
今のマモン様は雰囲気がとても優しくて、周囲を安心させる、商人として理想的な存在だと思います」

「ありがとうございます。ふふふ、狙い通りです! なんてね。
この姿が商人用、そして本来の大悪魔の姿は”取り立て人マモン”として使い分けています」

今度はアリスたちが驚いた顔になる。
マモンは一言断りを入れて、「[幻覚]解除」と呟くと、つぶらな瞳がギラリと獰猛な光を宿した!

「「…………ッ!」」

冷たい威圧感がマモンからドッと溢れ出し、アリスを圧倒する。
モスラが「アリス様の前に立つべきでしょうか?」とタイミングを見極めながら、目をスッと鋭く細めた。
できる限り対立の姿勢は取るべきではない、とは分かっているが……アリスは足を竦ませて、怯えているように見える。

「ああ、失礼いたしました……! スチュアートさんは悪魔の放つオーラにまだ慣れていらっしゃらなかったのですね。シヴァガン王国には悪魔族も多く暮らしているため、もう接触したことがあるとばかり考えていました。
悪魔のオーラは、ヒト族や魔物とはまた違った独特な威圧感があり、心をざわめかせるのです。
どうぞ、従者に手をとってもらってください。
彼は貴方を落ち着かせることができるでしょう」

アリスは躊躇したが、モスラがさっとアリスの手をすくい上げた。
モスラが目元を和らげてにこりと微笑むと、アリスの肩の力がスッと抜ける。
恐るべき戦闘力の持ち主であり、信頼できる友人のモスラが見守ってくれている、と思えばとても心強かった。
悪魔のオーラに当てられて、一瞬でも、一人きりで暗闇に佇むような孤独感に囚われてしまったことをアリスは恥ずかしく思った。大悪魔のオーラは規格外なので仕方のないことなのだが。

きゅっ、とアリスがモスラの手のひらを握り返す。
手袋がきちんと外されていたことに気づいて、完璧だな、と動揺した自分と比べて苦笑した。
どんどん完璧執事に磨きがかかっているモスラに相応しい主人でいなくちゃ、と気持ちを新たにする。

マモンは微笑ましそうに、きりりとした顔つきのアリスと、絶対零度の紅目で自分を見るモスラを眺めた。
……少しだけマモンの背筋も伸びた。

「さて、話を続けますね。現在の姿は商人マモンのもの。
私が取り立てに向かうほどの悪質な案件があった場合には、相手の言い分を聞いているうちに、だんだんと本来の大悪魔の姿に戻っていくのですよ。
パフォーマンスも含めて、ね。このように……」

マモンがそう言うと、身体が変化し始める。

ふくよかな体躯は、細身に引き締まって筋肉質な長身の男になった。
優しい顔立ちは、鋭い目つきの美形中年に。額には大きな角が生えて、口を開けば牙が覗く。
短めに整えられていた茶髪は腰まで伸びて、黄金の輝きを纏う。

レナがマモンの変化を見ていたなら、こう表現しただろう。
スーパーサイヤ…………おっと規制がかかりそうだ。やめておこう。

なるほど、この姿で叱責されたなら、悪党たちは泡を吹いて恐怖するに違いない。
敵意を向けられていないアリスたちですら、緊張を禁じえないのだから。

身体が底冷えするのを実感しながらも、アリスは目を逸らさずマモンを見つめ続けた。
マモンがにいっと笑う。
今のマモンの笑顔は、見るものに恐怖感しか与えない。

「失礼いたしました。商人の姿に戻りますね」

マモンが元のふくよかな中年男性の姿に戻った。
場の空気がすうっと軽くなる。
マモンは苦笑した。

「どうです、怖いでしょう? 取り立てをする分には便利なのですが、それ以外の場では人に避けられがちで、どうにも損な見た目なのです。
悪魔族は大抵、見た目のどこかを偽って生活していますよ。大勢で生活する以上、他の種族に気を使うのは大切なマナーですから」

威圧の制御がなっていないどこぞの魔王に聞かせてやりたい。

マモンの自虐に、アリスはどう返答しようか迷ったが、率直な感想を述べることにした。

「怖かったです……とても」

「そうですよね。貴方はとても正直な方です」

「まさに大悪魔という感じで、圧倒されました。マモン様のような方が国政の一部を担って下さっているのは、心底心強いですね」

マモンはつぶらな瞳で、ぱちくりと瞬きした。
そして、おかしそうに喉の奥からクッ、クッ、と笑い声を溢れさせる。

「アリス・スチュアートさん。私は貴方をとても好ましく思いました。今後ともよろしくお願い申し上げます!」

「! 是非。こちらこそ、何卒よろしくお願い申し上げますっ」

ご機嫌なマモンは封筒を二通、アリスに手渡す。
中に収められたカードの内容を聞いたアリスは、しっかりと深く頭を下げた。

そして前を向くと、マモンと二人でニヤリと含みのある笑顔を突き合わせる。
モスラは心の中で「やりましたよレナ様!」と渾身のガッツポーズを決めた。

大悪魔マモンと新人商人アリス・スチュアートの初会合は、お互いにとって最良の成果を上げて幕を閉じた。

「……あの子は期待以上でした」

一人きりになった応接間の中で、マモンが満足そうにお腹を揺らして笑いを嚙み殺している。
ティーセットを片付けに来た従業員が硬直し、恐ろしいものを見る目でアリスの出て行った扉を眺めた。
マモンは直視できなかった。

「話し合い、スムーズに済んでよかったねぇ。レナお姉ちゃんにもいい報告ができるし!」

「アリス様の話術はさすがで御座いました。私も見習います。レナ様と従魔仲間にアリス様の勇姿を自慢しなければ」

「えええ……怖気付いちゃった部分もあったし、恥ずかしいなぁ。まだまだ、私は商人として未熟だよ。マモン様の反応は良かったと思うけどね?
それより明日のパーティの予定を組み直さなくちゃ」

「承知致しました。では残念ですが、そちらを優先しましょう」

アリスたちが声を潜めて話しながら廊下を歩いていく最中、ヒト族数人の団体とすれ違った。
この王宮でヒト族は珍しいな、とアリスは一団の代表らしい黒髪の女性を横目でこっそり眺めた。
堂々とした足取りで、マモンが待つ応接間に入っていく。

人が入れ替わるタイミングを完璧に把握しているということは、マモンと長い付き合いの商人かもしれない。
ジーニアレス大陸での販路をすでに確立している人物なら、知り合いになっておきたいな、とアリスはその人物の見た目を記憶にとどめた。
後日、マモンに話を振ってみるのもいいかもしれない。

(あの小さな女の子……商人? まさか、マモン様に認められたというのかしら。あの子の自惚れ? それとも本当に……)

黒髪の女性にも、アリスとモスラの姿がしっかりと記憶された。

足取り軽く、アリスとモスラはお宿♡に帰って行った。

***

▽アリスと モスラが 帰還した。

「おかえりーアリスちゃん、モスラ! お疲れ様」

「ただいま、レナお姉ちゃん。…………ええと、随分と盛り上がってるね?」

「ただいま帰りました。ふふふっ!」

泊まっている部屋の扉を開けたアリスは、なんとかレナに返答したものの、首を傾げて室内を見渡し、モスラが堪えきれずに笑い声を小さく漏らした。

「「「「「おかえりーー!」」」」」

「<おかえりなさい>」

従魔先輩たちがレナに倣って声をかけて、

「……おかえり。あのさ、ちょっと助けてくれない?」

オズワルドがむすっと不機嫌そうに、モスラに声をかける。

なぜか、オズワルドはあらゆる種類の布に埋もれている。
いや、よく見るとそれぞれ可愛らしい装飾が施された衣装のようだ。
もこもこコートを羽織らされた上からリボンで拘束されているので、動けないらしい。
リリーとシュシュが今もせっせとオズワルドに髪飾りを装着している。

「おや? 私がレナ様のご判断に背くとでも? なんとも楽しそうじゃないですか、オズワルド」

「…………はあ」

ここに自分を救い出す者はいないらしい、と諦めたオズワルドの溜め息が、部屋に切なく響いた。
基本的に主人を崇(あが)め奉(たてまつ)り、仲魔の馴れ合いに大賛成のモスラに助けを求めたのが間違いだったのだ。
心底愉快そうな仄暗い笑みを浮かべている。

レナが「オズくんのおめかしが私の希望だったのは間違いじゃないけど、ここまで飾ったのはリリーちゃんとシュシュだよ?」と言い訳にならないことをこそっと呟く。

室内にはたくさんの子ども服が脱ぎ散らかされ、盛大に散らかっていた。
港街の子ども服屋”リトルチャーム”で購入した衣装に、シヴァガン王国で買った|細々(こまごま)としたアクセサリー小物、それにアリスたちがまだ見たことがなかった珍妙可愛いハロウィンコスプレ衣装まで。

従魔たちはみんなヒト型で、衣装をちぐはぐに組み合わせて着ている。
どれが自分に似合うかと、かわるがわる衣装合わせしていたのだ。
センスが良いアリスが帰還したので、「「コーディネートの相談にのってーー!」」といっせいに群がる。

「みんなー。アリスちゃんは帰ってきたばかりで疲れてるだろうから、そんなに急かしちゃ駄目だよ。
いったん部屋を片付けて、ちょっとのんびりしてから、一番気に入った服との組み合わせを相談しようね」

「「「「「はーーいっ」」」」」

幼児たちはわらわらとアリスから離れて、ひとまずお片付けを始めた。
アリスが「ほっ」と小さく息を吐く。

「ごめんね、ビックリさせちゃって。明日のパーティの衣装を決めてたんだ。
予想外にアリスちゃんたちが早く帰還したから、片付けが間に合わなかったの……」

レナが、オズワルドのリボン装飾を外してやりながら、申し訳なさそうにアリスに話しかける。
会話しながら手を動かしていたせいで、リボン外しをミスって余計に絡ませてしまい「あれれ」と照れ笑いした。
オズワルドの半眼が腹筋に効く。

ルーカが絡まったリボンを解いてあげると、ようやく身軽になったオズワルドが、着せられていた衣装をバババッ! と全部脱ぎ捨てた。
シャツと半ズボンの軽装になって、はーーーっ! と荒く息を吐きながら肩を回す。

「「ぶーぶー! せっかく可愛くしたのにーっ」」

「意地になってどんどん付け加えてただけだろ、リリーにシュシュ!
あれはもはやコーディネートとかじゃなかった。本気で良いと思ってたならセンスが壊滅してるぞ」

「あー……まあね? てへっ。うっかり……やり過ぎちゃったよ。ごめーん」

「なにをー!? オズが『パーティ衣装なんか着る気にならない』って言って拗ねてたから、仲間入りできるよう気を使ったのにーっ」

「拗ねてなかったし。シュシュ、余計なお世話!」

「「がるるっ!」」

リリーはオズワルドを飾りすぎたことをあっさり謝ったが、シュシュは喧嘩腰になってしまった。
唸り声を上げたオズワルドとシュシュが、額を突き合わせてギラリと睨み合う。

「どーーーんっ」

両腕を広げたハマルの突進で、喧嘩っ早い二人はまとめてベッドに押し倒された。

「「仲良くできない悪い子はぁー、どーこーかーなーー……?」」

ハマルの後ろから、ブラックな笑みを浮かべたスライム先輩がヌラッ……と顔を覗かせたので、シュシュとオズワルドはとりあえず速攻で握手して仲直りアピールする。
なんとか束縛制裁はまぬがれた!

騒がしい、騒がしすぎるぞッ!

アリスがぷっ、と吹き出した。

「ああ、帰ってきたなあって感じがするー!
うんうん、これこそレナパーティっていう感じ。
緊張感のある商業会合の場も自分を高められるから好きなんだけど、やっぱりみんなが笑ってる空間って気持ちが良いなぁ。
本当に、レナお姉ちゃんたちといるとちっとも退屈しないね」

「どんどんとトイリアで披露する話題が増えていますね。パトリシアが喜び、悔しがりそうです」

<アルバムも潤っておりますよーーッ! これこのように!>

スマホが空中にスライドショーを展開した。
ここ最近の記念撮影写真がたくさん映し出される。

スライドショーを眺めながら、レナたちはようやくテーブルに着いて、お互いの成果を話し合った。

モスラが淹れたマスカットティーが、みんなの喉を潤している。
疲れているだろうし簡単に済まそうよ、とレナが言ったのだが、「会合の場で美味しい紅茶が出されて、執事魂に火が付きました。どうか訓練させて下さい」と申し出られたので、ありがたく給仕してもらうことにした。

「レナお姉ちゃんたちはパーティの食材を色々買ってきてくれたんだよね。ありがとう。
手持ち資金が足りなくなったら、いつでも言ってね。スライムジュエル貯金がたくさん溜まってるから」

アリスがレナに話しかける。
レナたちは冒険者ギルドの依頼をたまにこなしているが、それはもはや自分たちを鍛えるついでで、旅の資金はジュエルが補って余りあるのだ。

「うん、ありがとう。また必要になった時はお願いするね。手元に大金を持ってるとなんだか不安になっちゃうから……トラップに守られたお屋敷に保管して置いてもらえるのは本当に助かるなぁ。
私たちの今日の成果は食材とー……あと、見ての通り子ども用のコスプレ衣装かな」

レナが、従魔たちが大切そうに抱えている衣装を視線で指す。

「コスプレ? そういえばこのたくさんの服、どこで買ったの? 珍しいデザインだよね」

アリスが興味深そうに衣装を見つめる。
どれも驚くほど上質な布で、精巧に縫われている。パッと眺めても素材の見当がまるで付かなくて、レナに答えを求める視線を送った。

「えっとね……ハーくんの[夢吐き]で、私の故郷の衣装を取り寄せたんだー。どうしても可愛い服を着せてあげたくて!」

レナは”従魔のおめかし♡”という欲望に負けたのだ。
そして気合いでその欲望を夢見て、ハマルが現実に変換してみせた!

あまりの非常識さに、アリスの目が点になる。
マヨネーズも夢産なんだし……服が欲しくて夢で作るくらいレナパーティなら普通普通、となんとか自分を納得させた。
モスラの信仰心に磨きがかかる。

開き直ってドヤ顔になったレナが、さらに爆弾発言をかます!

「明日の夜はせっかくだから仮装パーティにしようよ! ぐんとスチュアート家らしくなるよね? アリスちゃんの衣装もあるよー」

「わあ! いいの? ……あはは! じゃあ是非、そうしよう」

驚きが一周回ってもう愉快に変換されたアリスが、笑ってレナに同意した。
パーティは楽しんだもの勝ちだ!

▽送別パーティが 仮装パーティに レナ・クラスチェンジした!

ヤッチマイナーー!

「さすがに大人用の衣装までは間に合わなかったけどね……まあ、大人はいつも通りでいっか。
招待した皆さんにはドレスコード無しって伝えてあるし、気遣わせちゃうかもしれないもんね。
子どもたちだけ特別衣装に着替えよう」

「私も子ども扱いされるのって、なんだが久しぶりな気がする。
仮装楽しみだなー!
あ、レナお姉ちゃん、ロベルトさんはパーティに参加可能だって。マリアベルさんは仕事が忙しいらしくって、保留。王宮でたまたま会って聞いたの」

「そっか、よかった! 対応ありがとうアリスちゃん。マリアベルさんも来れたらいいねぇ」

……ここで、レナが伺うような視線を送る。
アリスはにっっっこり笑って、二枚の封筒を取り出した。

「これはね、今日の私たちの成果。
経済部のマモン様との会合は大成功だったんだよ」

「わあ、さすがアリスちゃん! そして、その……もう一つの封筒は、もしかしてもしかする?」

「もしかする!」

アリスとレナがハイタッチした。
オズワルドが「なんて恐ろしいことを企画するんだこの人たちは……」と頭を抱える。

もう一つの封筒には、朱色の蜘蛛の紋章が鮮やかに浮かび上がっている……そういうこと。
アリスたちとゆかりのある人物をパーティに招いたのだよ?

アリスとレナはそっとアイコンタクトを取った。

(色々手を回してくれてありがとう、アリスちゃん)

(どういたしまして。私だって、みんなが仲良くなれるよう協力したいから)

目で語ると、こっそり二人でオズワルドを眺める。
また、シュシュとツンツン言い合っている最中だ。

実は、オズワルドの不安定な現状について、レナは悩みを手紙にしたためて宰相に相談していたのだ。
アリスの反応を見る限り、彼からは頼もしい返事が返ってきたようである。
もっとも、「承知致しました」と告げながらも王宮で額に青筋を立てていたのかもしれないが。
そこは考えないようにしておこう。

明日の仮装パーティでしっかりおもてなししたら、なんとかなるっしょ!

「さあ、みんな衣装は選べたね? じゃあこれから、明日のお料理をたくさん作っていくよ! お手伝いしてくれる良い子は……」

「「「「「ここだよーーーっ!」」」」」

「うぐっ!?」

レナの元に幼児たちが飛び込んでいく。
オズワルドもシュシュにラリアットを食らいながら、仲魔の輪に連行されていった。

▽Next! 楽しい仮装パーティ!

 

 

 

 

 

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