127:大悪魔マモンとの会合へ

アリスとモスラがいつも以上にきっちりと出かけ支度をしている。
髪を整髪オイルでセットして、一際上質な服を身に纏い、服に負けないくらい自信に溢れた笑顔も鏡に向かってテストした。

「うん! これなら好印象を持ってもらえるはず。じゃあ行ってくるね。レナお姉ちゃん」

「アリス様の護衛はしっかり努めます。お任せ下さいませ。行って参ります」

二人がレナたちに挨拶した。

今日はシヴァガン王国の経済部長の大悪魔・マモンと会合をする日なのだ。
頼もしい表情のアリスとモスラは、大物相手にも怖気付いていないらしい。
すごいなぁ、とレナは尊敬の眼差しで二人を眺める。

「行ってらっしゃい。気をつけてね、二人とも。
もし、王宮で顔見知りの役員さんに会ったら……あまり関心を持たれない程度に挨拶しておいてほし……無理そうかな?」

「うーん、難題だねぇ。
あちらはみんな、レナお姉ちゃんたちの動向に興味津々だと思うよ?
でも、私たち二人の時に政府が相談事を持ちかけてきたりはしないと思う。アネース王国にも角が立つからね。
もしかしたら、『レナ様によろしくお伝え下さい』くらいの挨拶はあるかもしれないけど、それは無難に流しておくね」

「助かるぅー! アリスちゃんとモスラが対応してくれるなら安心だなー。二人とも、話術が極まってるから」

レナが本心からよいしょすると、アリスとモスラは「お任せあれ」とにこやかな笑顔を返した。超得意分野だ。

レナたちは、今日は商店街で新鮮な食材を買い集める予定。
このマモンとの会合が終われば、アリスたちはトイリアに帰ってしまう。……さみしいが、今生の別れではない。また会える。
気持ちよく見送ってあげよう! と、シヴァガン王国で仲良くなった人にも声をかけて、明日の夜にプチ送別パーティを行う予定なのだ。

スチュアートのお屋敷で悪党たちにドッキリ☆大作戦をしかけた時を思い出すね、と当時一緒にいたみんなが笑いあった。

▽アリスと モスラが 王宮に出かけた。

***

アリスとモスラは、シヴァガン王国の重厚な街並みを眺めながら、ゆっくり空便の待機所へ歩いていく。

「休暇とっても楽しかったね、モスラ。
レナお姉ちゃんたちといると毎日ミラクルが起きて、退屈する暇もないよ。珍しいご飯と快適なベッドもたまらないよねぇ」

アリスがしんみりと微笑んで、話しかける。

「ええ、本当に。鍛錬も充実していましたし、従魔同士で絆を深めることも出来ました。
何より、アリス様とレナ様のご活躍をこの目でたくさん拝見できて嬉しかったです。
ハマル先輩並みのベッドは再現できませんが……食事のレシピをレナ様から頂戴したので、またトイリアで調理致します」

「わあ、モスラの手料理楽しみ。……マ、マヨネーズ料理も?」

アリスの目がキランと光る。
そして、悩ましげに眉が寄せられた。
何に悩んでいるか素早く察したモスラは、おかしそうな表情をこっそり取り繕って、さりげなくフォローを入れる。

「それもございます。手作りマヨネーズの作り方を教えて頂きましたから、これからはいつでもマヨネーズをお楽しみ頂けますよ。
手作りだとヘルシー(当社比)に仕上がるのだとか。
サラダ、肉の漬けダレ、グラタン、パンに塗って焦がしチーズをトロリとかけても……」

「うわああ、どれも魅力的……! ヘルシーって最高だね。
トイリアに帰ったら、パトリシアお姉ちゃんたちを呼んで、お屋敷でみんなでお食事会したいなぁ。
レナお姉ちゃんの旅の様子、みんな聞きたいはずだもん」

ツッコミ所が満載のやつな!

「武勇伝ですね! 語り明かしましょう!
花屋が開業したばかりで忙しいから同行できない……とパトリシアは悔しがっていましたからね。
花屋の固定客もでき始めて、今が踏ん張り時ですから仕方ありません。
また頃合いを見て、シヴァガン王国への旅行に誘いましょう。
……そういえば、大精霊シルフィネシア様のお気に入りの花屋、という噂のおかげか、子どもたちも精霊見たさによく訪れると言っていました。
毎日せっせと花を買いに通ってくれていた子が、ようやく精霊に会えて尻餅をついて驚いたんですって。
シルフィネシア様が戯れに帽子を取ったら、薄緑色の髪のとても可愛い子だったそうですよ。ふと思い出しました」

「あ、それは私も聞いた。砂糖菓子みたいな可憐な子だった〜、ってうっとり話してたなぁ。
何人からもお花屋さんで働きたいって申し出があるけど、お花屋さんは小さな店舗だし、その子の手が空いてるなら、お手伝いを頼もうかなって言ってたね。
パトリシアお姉ちゃんって可愛いものが好きだよねー」

「本人は隠しているつもりかもしれませんが、バレバレですね。
ではアリス様、お食事会の件、承知致しました。私にお任せ下さいませ。レナ様のレシピを完璧に再現してみせましょう」

「嬉しい。トイリアでもレナパーティづくめだね?」

アリスとモスラは楽しそうにクスクス笑う。
ラギアに声をかけて、シヴァガン王宮へと飛んで向かった。

***

シヴァガン王宮はとても巨大で荘厳な、まるで装飾が施された要塞(ようさい)のような建物だ。
外壁には、頑丈な暗黒煉瓦(アンコクレンガ)が使われている。

城壁の中には、主に三つの建物が存在している。

正面にそびえるシヴァガン王宮は、魔王だけが生活を許されている特別な場所。豪華な造りの部屋がたくさんあるので、政治会合の場として利用されている。
政府役員が仕事をするための塔のような建物と、従業員の宿泊施設が、景観よく隣接されていた。
だだっ広い訓練用の中庭には専用の結界が張られていて、戦闘職の者が日々鍛錬に励んでいる。
ミレージュエ大陸の城では見られない珍しい構造である。
塔の内部は、それぞれの魔人族が能力を活かして効率よく仕事ができるように工夫が凝らされているのだとか。

「大きな門扉! 入国検問所もそうだったけど、きっといざという時大型の魔物が通り抜けられるように、全ての建物の規模が大きいのね。
その分侵入の隙もできちゃうけど、何か対策されているはずだよね」

「ロベルト氏の左肩のあたりに、政府役員である証の契約印が刻まれていると、ルーカティアスが視抜いていましたね。
おそらくそれで味方を判別するのではないでしょうか?」

アリスとモスラが、高くそびえる城門を見上げる。
とんがり屋根の上には、濃い紫色のシヴァガン王国の国旗が堂々とはためいていた。

城門は大きく立派だが、そこから横に連なる城壁は低く、かろうじて内部の人々の様子が見えない3メートルほどの高さしかない。

城壁に組み込むように、等間隔で巨大な支柱が立っていて、おそらくその支柱の間には特別強硬な結界が張られているのだろう、とアリスたちは推測した。
ラナシュにおいては、城の壮麗な外観が外からも見られるように城壁が低く作られ、その城壁の少し上までを堅牢な結界で囲み、城全体を透明なドーム型の結界で覆うのが一般的である。

アリスたちは門番に来訪理由を告げて、ギルドカードを提示した。
問題なく門を通ることができた。

「お待ちしておりました、アリス・スチュアート様。経済部のマモンとの会合の場にご案内させて頂きます」

女性の従業員がさっと現れて、アリスたちにぺこりと頭を下げる。

彼女にはコウモリのような翼が生えていて、制服の後ろの縦の切り込みから翼が出せるようにデザインされていた。
獣人は尻尾が出せるような構造の制服を身につけているし、この多様性は魔王国ならではと言えるだろう。

緑が美しい前庭を、アリスとモスラは背筋を伸ばして歩いていく。
ここでは周囲の者が、来訪者の立ち振る舞いに目を光らせているはずだ。粗相は許されない。

たとえハーピィが空で踊っていようと、城の屋根を獣人たちが走り抜けていようと、こっそり執務室から脱出を試みた魔王ドグマが朱色の糸に絡め取られて室内に引き戻されていようと、動揺してはいけないのだ。

これは一体何の試練なのだろうか?
ここ最近レナパーティと過ごしたことでかなり笑いの沸点が低くなっているアリスとモスラの精神力が試されている。

あとあと聞いたら、ハーピィたちは歓迎の舞を踊り来訪者を楽しませることが仕事らしく、時間に余裕があれば、観覧して楽しんでいても良かったそうだ。
シヴァガン王国にはマイナールールが多すぎる……と、後にアリスが疲れたように語った。

アリスたちが招待されているのは王宮の一室。
シヴァガン王宮の玄関に足を踏み入れると、内装の美しさに圧倒された。

「……素晴らしいです……! シヴァガン王国の職人さんがこの内装を手がけたんですよね」

アリスの口から、自然に賞賛の言葉が漏れる。

「はい。シャンデリアは妖精族が、家具は小人(ピピット)族が、絨毯はエルフ族が主に手がけております。
建築には様々な者が携わりました。
一番大きな中央の白い支柱は、竜人族が寄贈した、彼らの始祖である古代(エンシェント)白竜(ホワイトドラゴン)の背骨なんですよ。
幸運に恵まれるとの言い伝えがあります」

エントランスホールの美しい装飾として馴染んでいる白い支柱が激レア魔物の素材だと聞いて、アリスとモスラも目を見開いて驚いた。

左右の大きな窓から明るく日光が注いでおり、白の支柱がそれを反射すると、プリズム効果で床に光が拡散される。
まるで虹色の光の世界に立っているかのような錯覚を覚える。
なんとも夢夢しい光景は、これまでにも王宮を訪れる幾人をも魅了していた。アリスも感動して、うっとりと瞳を潤ませている。

「お気に召して頂けたようで、大変光栄です」

案内の女性が誇らしそうに告げた。

会合予定の部屋の近くの待ち合いスペースに、アリスとモスラは案内された。
まだ会合開始時刻よりも数十分ほど早かったのだ。
大悪魔マモンは忙しく、今も別の商人と話し合っているのだとか。

アリスとモスラにお茶が給仕される。
ホッと一息ついた時、たまたま通りかかったロベルト一行と目があった。

「「あ」」

アリスとロベルトが小さく声を出す。
……一緒にいたマリアベルとも目があってしまった!

「あああっ! アーリスさーん!
今日はリリー様はご一緒じゃないんですねぇ……あのあの、昨日から今日にかけてのリリー様のご様子を教えて頂きたいなぁーーなんて!
どんな感じで過ごされてましたか!?」

「落ち着け、黙ってくれ」

マリアベルがぐいっ! と身を乗り出してアリスに詰め寄ったので、ロベルトがマリアベルの制服の襟を摘んで引き戻した。
「ぐえっ」とカエルが潰れたような声が喉から発される。

▽ロベルトは 同情の視線を 集めている。×3

案内の女性から「同僚の管理をちゃんとして下さい」と視線で注意されているのが辛いところだ。

「えっ!? ……ということはー……二人は赤の女王様のお仲間なんですか!?」

「バカ、それを口にするんじゃねぇ。俺たち流の赤の伝承では、そこは内密にだろ。例のあの人って言うんだ」

「あ。うっす!」

うっす、じゃなぁーーーい! と、レナが聞いたら頭を抱えるのだろう。

ロベルトの後ろから声を上げたのは、恐らく諜報部の同僚。
雰囲気的には新人に見える、とアリスは判断した。制服が真新しく、着こなしもまだ甘いと感じた。

二人が楽しそうに俺流赤の伝説について小声で語り始めたので、アリスがぷるぷる震えながら、「無難に流すどころかとんでもない評判が加速してるよレナお姉ちゃん……!」と心の中で憐(あわ)れんだ。

モスラが伝説を訂正したくてギリギリ奥歯を噛み締めて我慢している。緊急時でもなければ、従者は出張ってはいけないのだ。耐えるのだ。

「故郷の”赤の伝説”を布教するために、教祖自らが立ち上がったんだ!
シヴァガン王国政府もその土地を把握してないんだし、きっとかなりの秘境出身なんだろーぜ。
その土地から出て旅するなんて、なかなか決断できることじゃないよな。
俺も海底から地上に出てくるのすげー躊躇ったもん……例のあの人、カッコイイよ」

「赤の覇光をまとって、ハーピィも驚く程ド派手に変身するって。その瞬間を見たら幸運に好かれるらしいし、一度拝んでみたいですよね!
リスペクトが止まらない。今一番ホットな人っす」

ここまで小声。

「「すみません。例のあのお方のサインって頂けますか!?」」

耐えきれずにロベルトの同僚がアリスに大きな声で話しかけた!

▽モスラの [威圧]!
▽二人の諜報部新人は 床に膝をついた。

それ以上近寄るな、とモスラが眼光鋭く二人を睨みつけたのだ。
さりげなく姿勢を変えて、アリスを庇っている。

ワンテンポ遅れて、ロベルトが二人の頭にゴッ! ゴッ! と拳を落とす。

「「いっだ!」」

「常識的に考えて行動しろと……何度目だ。任務が終わるとすぐこうなる。いいか、勤務時間が終わるまでが仕事なんだ。先輩だろうとマリアベルを見習うな!」

「あっ、ひどい!」

アリスとモスラの精神力が試されている!

小声でわいわい騒いでいる内に、アリスたちの会合の時間が迫ってきた。
ロベルトが問題児たちを束ねて、立ち去る。

「大変お見苦しいところをお見せしました……どうか忘れて下さい。是非。
レナ様に、また明日の夜は楽しみにしているとお伝え頂けますか」

「分かりました! 伝言を預かりました。
レナお姉ちゃん、いい返事を頂けて喜ぶと思います。
私たちも張り切って準備しますね」

「お二人の見送りパーティですから、本来はこちらが準備をお手伝いできたら良かったのですが。手土産を持って行きます」

「お気遣いありがとうございます。では、明日の夜に」

「いえ朝にも連絡のためにネレネのお宿♡を訪れます」

「いつもお疲れ様です……」

アリスがいたわりの声をかけると、ロベルトからは比較的明るい微笑が返ってきた。
部下に嫉妬されるので口には出さないものの、レナたちの元を訪れた時には穏やかに休憩できるので、ロベルトにとっても嫌な任務ではないのだ。
時々、爆弾案件を持ち帰らせられるが……それは上層部がともに悩んでくれるので負担は分散されている。

「アリスさん、私も頑張って仕事終わらせてみせるからって、伝えて下さぁい……!」

ミラクルガール妖精が涙目でアリスにお願いする。どうやらマリアベルは調整の見通しがまだつかないらしい……。
アリスが苦笑しながら「リリーちゃんに伝えます」と言うと、マリアベルはぱあっと顔を明るくさせて、ヤル気に満ちた表情になる。扱いやすい。

部下二人の「「いいなー」」という呟きは、レナのお望みどおりに流しておいた。

「「お疲れ様です」」

最後に一言、アリスとロベルトは挨拶を交わして、お互いの目的地へと向かう。

ロベルトたちは業務報告のために塔に歩きがてら、外からの風で、額にうっすら滲んだ汗を乾かした。

「……あの美形執事のにーちゃん、すげー怖かったっすねー……。俺、久しぶりに冷や汗かきましたよ」

「例のあの人の従魔の、ギガントバタフライだっけ。普通の蝶々が新種の魔物に進化する珍しい事案、しかもその後数ヶ月でケットシーの結界も揺るがすほどに成長……と。尋常じゃないぜ。
やっぱり赤のご加護が偉大なのか……。
ああ、逆契約が役員禁止事項じゃなければなー。みんな残念がってたよ。サディス宰相、仕事早すぎ……」

「もー。二人ともー、こっそり聞かれちゃっても知らないよ?」

「うわ勘弁!」

「二人って……巻き込みやめて下さいよ!?」

新人二人をマリアベルがからかった。
笑い事ではないぞ、とロベルトが視界の端に朱色を確認して、知らんぷりをしておいた。
たまには究極の教育者に灸を据えられるといいだろう、と考えながら、明日のパーティに少しだけ思いを馳せた。

アリスとモスラは表情を引き締めて、応接間の扉の前に立つ。
ゆっくりと扉が内側に開かれ……堂々とした足取りで、まっすぐ前を向いて一歩踏み出した。

▽マモンとの会合へ

 

 

 

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