121:説明責任3

「情報の提供は、御断り致します」

「ひどーーい! アタシも当事者なのにぃーー!」

「そ う で す ね。……ですので、後ほど相応の処罰を下します。今の内から覚悟しておきなさい、グルニカ。
それでは皆様、退室しましょう」

「『はぁーーい』」

レナと従魔たち、アリスがよそよそしく返事をする。

スライムボディに金属球を浮かべていたクレハは、幼児たちがバッと急いで覆いかぶさることで、グルニカから隠された。
クレハがみんなの身体の下をうにゅうにゅと移動して、レナのリュックの中に金属球をコロンと収納する。
レナパーティのみんながホッと一息ついた。
グルニカの事は、あとは宰相に任せれば大丈夫だろう。

「!?」

皆の視界に、朱色と青緑の線が閃めく!
何度も、何度も、何度も!

(っ何事!?)

…………蜘蛛糸とグルニカの髪が、壮絶にバトルしているのだ、と理解した。

宰相が蜘蛛糸でグルニカをぐるぐる巻きに拘束しようとしたのだが、グルニカの髪が超速でうねって、ことごとく糸を断ち切ってしまっている。
一体、彼女の髪はどのような魔物の素材が[融合]されているのだろうか?

「まぁーたそうやってアタシを黙らせようとするぅーー! ヤダ、ヤダ!」

「駄々を捏(こ)ねるだけだと分かりきっておりますので。大人しく黙りなさい」

抵抗したらまた罪状が増えるのでは……? とレナたちは呆れた表情でバトルを眺めた。

妙に動体視力が向上しているな? と、宰相が眉をピンと跳ね上げる。

「(スキル[糸質変化(鋼)])」

宰相が口内で静かにスキルを唱えた。
グルニカの喉を切り、また気絶させようとしている。一気に勝負を終わらせるつもりだ。
今の彼女を目覚めさせておくのは、千害あれど一利もなし、と適切に判断した。

ーーとびきり鋭利な蜘蛛糸が、グルニカの喉に迫る!

(あ、良かった終わりそう)

レナが瞳を瞬かせて、ホッとした。

……瞬間。

「毒毒(ドクドク)の腕、溶かせや溶かせーーっ」

▽グルニカは 黒獣の右腕を 掲げた!
▽鋼の蜘蛛糸が ジュワッ……! と溶けた。

ボロボロと床に落ちた蜘蛛糸の小さなカケラは、ドス紫色に変色していて、いかにも触ったらヤバそうな物質に変化している!

(……なにあれ!?)

レナたちが怪訝な表情になる。
クーイズが、じゅるり……と心のヨダレを垂らした。

「……ひゅー。ヤッベーー、セーフ!」

「いいえアウトです。その腕の魔物素材について、詳細に説明しなさい。今、ここで」

グルニカが額の汗を拭うような仕草をして、にぱっと笑うと、宰相が世にも恐ろしい声を腹の底から絞り出す。あーあ。

「ぎゃーーっ!? そう来たかぁ。んー……宰相サン、そしたら、内緒話の内容を教えてくれる? 交換条件ってことね!」

「自分が対等な立場にいると勘違いしているようですね。
御断り致します。
情報開示は貴方の責任です。いい加減、知恵ある生き物としての恥を自覚しなさい。
……確か、その魔物の腕はつい最近[融合]させたばかりだったはず。
毒毒(ドクドク)の腕、ということは……魔力を巡らせたら強烈な溶解毒を発動するのでしょう。
宝物庫の扉を溶かした原因なのでは?」

「げえっ。相変わらず頭がキレるねぇ……」

「ついでに。その眼球の小さな魔法陣についても説明を求めます。
新たに開発したのですね? 政府への申請がまだされていないようですが。
視覚向上効果あたりでしょうか」

グルニカは困り顔でポリポリと黒獣の腕で頭を掻いて、じゅわっと頭皮を溶かしてしまい、「ぎゃっ! しまった」と悲鳴をあげた。

「毒毒(ドクドク)の腕よ、鎮まりたまえ〜」

腕への魔力の供給を断つと、鮮やかな紫色に光っていた爪が、輝きを失う。
光沢のない、地味な黒紫色になった。

「えへへっ! 技を発動するときに、こーいう呪文唱えてみると、雰囲気でるでしょー? アタシ、派手なの好きなんだよねぇ」

その嗜好が災いして、宰相に宝物庫破りの方法を見破られてしまったのだからお粗末である。
無言で魔力を流すだけで腕の能力を引き出せたらしいので、圧倒的無駄だ。
レナが頭を抱えている。

グルニカはケラケラ笑っているが、個室の空気は再び極寒状態である。

グルニカの腕や宝物庫破りの方法について詰問する前に、宰相は金属球を取り戻すことを優先させて飛び出してきていたため、厄介な事情が、よりにもよってこの場で明らかになってしまった。

「……あのー。サディス宰相……。ここでグルニカさんの腕について話し合いするなら、私たちは先に帰った方がいいですよね?
秘密の能力なんて、部外者が聞いちゃダメですし」

レナが冷や汗をかきながら、恐る恐る宰相に話しかける。
シヴァガン王国政府の公務員の重要情報なんて、面倒そうなので関わりたくない。
どうしてもその情報が必要になったら、あとでルーカに視てもらえばいいのだし。

不機嫌な宰相に声をかけるのはとても怖かったが、可愛い従魔たちを厄介ごとに関わらせないために、|ご主人様(オカン)は頑張った!

▽従魔の 主人愛が 高まった!

今日お宿♡に帰ってから、主人はこれでもかと愛されると言っておこう。

「……誠に申し訳御座いませんが、今しばらくお付き合い頂けますか。
グルニカは皆様にとても強い関心を抱いている。もしも知的好奇心が満たされないまま解散となると……あらゆる手段を使ってまた接触を図るでしょう。
蜘蛛糸で拘束して、王宮までさっさと連れ帰り、研究室にある彼女用の檻に入れてしまえたならよかったのですが。
……いえ、この腕の能力が溶解毒なら、今後はそれすらも破られかねません。
ですので、グルニカに詳しい事情を吐かせた後、迅速に対処したいと思います。
こちらの都合に付き合わせてしまうこと、心からお詫び申し上げます。
……彼女は紙一重で天才なのです。悪知恵が働くので油断できません」

ルーカのネコミミがぴくりと動く。

宰相が部屋の片隅を指差したので、皆がそちらを見ると、大きめの黒いネズミが、結界の内部に入ろうと外側をカリカリ引っ掻いていた。
宰相が操る朱蜘蛛3匹が、ネズミに群がり、頭中心に捕食を始める。

「ああッ! アタシの情報源ーー!? あのネズミ、育てるの苦労したのにぃ!」

「盗聴用のネズミを潜ませていたようです。
頭がいい種族に話し合いの内容を記憶させて、彼女自身の体内に後ほど[融合]し、情報を読み取ろうと考えたのでしょう」

どうりで。
宰相はルーカが結界を張る際「壁から少し離して内側を覆って下さい」と助言していたのだ。
このような使役獣を警戒していたらしい。
宰相の朱蜘蛛、ネレネのコウモリのように、配下を持つ魔人族もいる。

「えへっ。アタシ、死の谷の毒沼で珍しー素材探す時に、水蛇とか灯火アンコウとか、空ではカラスとか使役してるジャン?
でもあの子たち、毒耐性めちゃめちゃすごいのと引き換えに、お馬鹿さんなんだよねー。どっか行ったまま戻ってこなかったり、命令忘れちゃったり。
だから今度は、毒耐性を持った頭がいいネズミを作ろうと思ったんだ!
何代も交配を試してー、知力と毒耐性を伸ばして、死の谷でも長時間生息できる個体に仕上げた。
ネズミに珍しい素材や、何か発掘できそうなポイントを見つけさせて、私を案内させたり!
小さな魔物の巣穴とかに入り込ませてー、内部を調査させるのも面白そう!
私がネズミの脳を飲み込んだら、記憶共有されるしね。
ワァーーオ☆ 夢が広がるぅーーっ」

「有益に使えるネズミを真っ先に使役した目的が、盗聴とは。呆れました。処罰を増やします」

「えっ!? やっぱり誤魔化されてくれないの?
そんなぁ……これからの活躍への期待と相殺ってことで、盗聴未遂は見逃してよー。
っていうか、いつの間にか結界が強硬になってるよね? カフスボタンの結界じゃないし、なぁにコレーー!」

グルニカが[サンクチュアリ]をコンコンと拳で軽く叩いて、レナたちをキラキラした眼差しで見つめた。
誰一人として目を合わせてくれなくてちょっぴり悲しくなったが、慣れっこなので、すぐ持ち直した。
反省すべき所なのだが。

「先ほどの話に戻ります、藤堂レナ様。
グルニカの魔物の腕について、聞きたくなければ耳を塞いで頂いても結構です。
しかし皆様は、この腕の能力でグルニカが宝物庫破りをした被害を受けているので、詳細を知る権利がある」

「……聞きます。対策のためにも」

「恐れ入ります。そのような事態にならないよう、尽力する所存です」

レナと宰相が、軽く会釈する。今は味方同士だ。

「グルニカ。その腕の能力、入手経路、活用について全て話しなさい。これは業務命令です」

「……ううーー。さっきの話し合いの内容、知りたい……」

「貴方の話が先です。情報開示は考えておきましょう」

「えっ! いいの? やったね!」

グルニカが嬉しそうにバンザイする。
なんと自分に都合の良いように解釈するのだろうか。

不安げにレナたちが宰相を見ると、小さく頷かれた。……まあ、信頼して任せるしかない。
レナたちは宰相に白炎を見せて、協力を求めたのだ。
誰に白炎の情報を伝えて、今後の対応に活かすかは、彼の裁量次第である。
レナたちにとって良い展開になるなら、もしかしたら、グルニカの頭脳の協力を仰ぐことになる……可能性も、なくはない。

ご機嫌になったグルニカが語り始めた。

「眼球の魔法陣について、まず話すねー!
能力はさっき宰相サンが言った通り、動体視力向上。
つい一週間前くらいに開発して、今はまだ試験段階なんだな。
鮮度を保って保存されていたヒト族の眼球を輸入してー、魔法陣を刻んで、アタシの目として[融合]したの。
別の種族の眼球でも検証して、問題がなければ、メガネをかけなくても視力が補強される新しい技術として使えるよね!
ちなみに、黄魔法との合わせ技で、視力をさらにもう一段階強化することも可能なんだなぁー。
……ただこれは、今初めて試してみたんだけど、ちょっと眼球を傷めるみたい。チリチリ痛い。それに視界がかすんできてる。改良が必要そう」

グルニカが、「あちゃー」と言いながら右の眼球を指差した。

彼女の説明を分かりやすく言い換えると、ラナシュ版レーシック技術というところだろうか。
リスクなく人体実験できるのは、複合屍喰鬼(ユニオングール)の強みである。

「わあ、革新的な技術ですね……! とても役に立ちそうです」

レナが感嘆の声を漏らした。
内面がかなりアレがアレしてアレなダメダメグルニカだが、研究者としては本当に優秀らしい。

これほどの技術を日常的に生み出せるのならば、シヴァガン王国政府も簡単に問題児グルニカを手放せないのだろう。
放り出すと莫大な問題を引き起こしそうだ……という懸念ももちろん大きそうだが。

「まーね!? 気持ちいいからもぉーーっと褒めてぇ! レナチャン!
冒険者みたいなよく動く職種の人って、メガネだと不便だからさー、この魔法陣が一般的になればかなり救われるんじゃないかな。
どーよ、宰相サン!」

「素晴らしい発想だと思います。是非、検証を続けて、技術として確立させて下さい。出来高に伴ったボーナスを支給致します」

「相変わらず、いいと思ったところはキチンと評価してくれるのねー?
そーゆーとこ、アタシ好きだよ! あはっ」

嬉しそうに笑って、バンバン無遠慮に宰相の肩を叩いたグルニカは、獣の腕を除いてグルグル巻きに蜘蛛糸で縛られた。懲りない。

「……それでは。その腕について説明して頂きたい」

「しょーがないなー」

グルニカは苦笑すると、黒獣の腕を、みんなに見やすいように掲げた。
少しだけ魔力を流すと、爪がうっすら光る。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。

「これはねー。猛毒黒獣・|毒毒手長(ドクドクテナガ)ウルフの腕だよ!
ミレージュエ大陸から輸入した珍しい魔物の素材なんだー。出処は、最近何かと話題のガララージュレ王国さ」

「「ッッ!?」」

ーーレナとルーカが、ひゅっと息を飲んだ。なんとか冷静な表情をキープする。

ルーカがこっそり魔眼を発動させたことを、レナは己の眼球が熱を持つことで感じ取った。
しかし[感覚共有]してはいるものの、魔眼の力はほんの一部しか反映されないらしく、詳細な情報はルーカにしか視えていない。

(……あ。不安を表す、首輪の警報音(アラーム)……)

レナが心配そうに、ルーカを横目で眺めた。
ほんのり紫がかった黒い瞳は、焦点をぼんやりとグルニカの腕に合わせている。

「続けて下さい」と口にした宰相は、ガララージュレ王国の元王子であるルーカの動向を気にしているようだ。
そのため、ガン視はできないのだろう。

「うん! あのね、腕の能力はさっきバレちゃった通り、強力な溶解毒を生み出せるの。
金属でも結界でも、なぁーーんでも溶かしちゃうんだよ!
どうやらこれは新種の毒だからー、結界がまだこの毒への耐性を持っていないんだと思うなー。
そのうち、ラナシュにこの毒の情報が馴染んで、結界は溶かせなくなるかもしれないけどね。
……実は、魔物が討伐された時点で毒腺はもう機能しなくなってたんだけどー、買い付けた後、アタシが生前のように再生させたんだ!
そこは研究者の腕の見せ所なのさっ」

「なぜ、まず悪用してしまうのか……」

宰相が頭が痛そうにこめかみを押さえて、小さくため息を吐いた。

「ごっめーん……レナチャンたちのことが気になって気になって、居ても立っても居られなくてさー。
つい、宝物庫の扉溶かして、アタシでも[鑑定]しきれなかった金属球と接触させちゃった。
アタシ、いろんな魔物の脳を[融合]させてるジャン?
おかげで他種族語も理解できまくっちゃうんだけどー、注意力散漫になるんだよね。
いろんなものに興味を持って、多彩な見解ができるのは強みだけど、途中で放ったらかしにして、部下に続きを任せちゃった研究も多いっていうかぁ?」

「そこまで話さなくてよろしい」

グルニカが脱線して、シヴァガン王国の極秘情報をポロリと口にする。

ピシャンと宰相が釘を刺す、が、肝心な部分はレナたちにもう聞かれてしまっている。
さすがに、金属球の落とし前以上の情報を提供するつもりはなかったのだが……。

レナたちは目を丸くして驚いている。
つまり、もしも従魔たちが魔物姿だからと油断して、レナパーティの秘密をこっそり話していたら、グルニカには理解されていたということだ。

今回はセーーーーフ!
大人たちは冷や汗をかいていた。
ヒト型の幼い従魔たちがぷっくり頬を膨らませて、可愛らしい口元を両手で押さえる「お口チャック!」の仕草をしている。
▽レナは 癒された。

グルニカの他言語理解は、オズワルドにも知らされていなかった、重要な諜報能力。
秘匿は仕方なかっただろうが、宰相が素知らぬ顔をしていたのは、レナたちにとってちょっとマイナス印象である。
サンクチュアリで個室を隔離中でなければ、割高メニューを追加注文して、お会計額を増やしていたかもしれない。

「ガララージュレ王国ではねー、今、変異種の魔物が多く見つかってるらしいよ?
見た目がグロテスクだったり、やたら強烈な毒を持ってたりね。
あの王国はもう長いこと冒険者の出入りが規制されてるから、素材の流出って少なかったんだけど、政府が財政難みたいでさー。
毒毒(ドクドク)手長ウルフが政府経由で市場に流れてきたのを、運命的に確保できて超ラッキーだったぁ!」

空気を読まないグルニカが、うきうきと蛇足を話し続ける。

「分かりました。説明ご苦労様でした、グルニカ」

「うん!」

「それでは腕は没収致します」

「エエエッ!?」

「スキル[糸質変化(鋼)]」

宰相は言い終わるや否や、瞬く間にグルニカの腕をスパンッ! と切り離してしまった!
なんという仕事の早さよ。

さすがのグルニカも、この流れるような不意打ち攻撃には対応できなかった。
身体はすでに蜘蛛糸で拘束されていたのだから。

黒獣の腕が、床にゴシャッと落ちる。

宰相はすぐに腕の断面を蜘蛛糸で縛ったが、隙間からは黒紫色の体液がドロドロと溢れて、レストランの床に小さな水溜りを作った。

「……致し方ありません。後ほどレストランに清掃料金を支払いましょう」

「な、ん、でぇ、レストランの事ばっかり気にしてんのさーー!?
アタシがせっかく苦労して毒腺再生させたのにーー!
また切り離したら、1時間も持たずに猛毒製造細胞が壊れちゃうんだよ!?」

「それは良いことを聞きました。是非、1時間待ちましょう。
貴方が今後、扉や結界を壊さないように手段を奪います」

「…………アッ!?」

口は災いの元、を体現しまくるグルニカであった……。

こんな調子だから、外出時はいつも諜報部が彼女を影から監視しており、秘密を口走りそうになれば喉元を切るという「グルニカ係」が存在している。
大変不人気な仕事なのでローテーション制だ。

グルニカが「うぐぐぐぐっ」と唇を噛み締めているが、レナの従魔の幼児たちが「大人のオトシマエ?」と可愛らしい声で呟き、小首を傾げて、キラキラの眼差しを彼女に注いでいる。
子どもの策略である。

自分勝手な好奇心で、年端もいかないお子ちゃまたちに莫大な迷惑をかけてしまったグルニカは、大変罰が悪そうに眉尻を下げて……ガックリ肩を落とした。

▽グルニカは 黒獣の腕を 諦めた……。

『『ちゃんとごめんなさい、できたら偉いと思うのよー! お姉ちゃんっ』』

「ご、ごめんなさぁい……」

スライム姿のクーイズがプヨヨン! と跳ねながら語りかけると、グルニカはしんみりと謝罪する。
子どもに懐っこく話しかけられた経験なんてないので、面食らって、つられて素直に謝罪した。

ダメダメな感性がちょっぴり普通に近づいただけで、けして偉くはないし、クーイズは常識的にそう考えていたが、他の魔物の言語を理解できるのは本当のようだ、とちゃっかり確認してみせた。

誤魔化すように、グルニカに慰めのダンスを披露してあげる。
ようやく、重い空気が拡散した。

「グルニカ。この腕は処分致します。よろしいですね?」

「……はぁい……」

宰相が念押しすると、グルニカが名残惜しそうに腕を眺めながらも、渋々頷く。

トラブル回避をとにかく重視する宰相は、結界破りを成し遂げる猛毒黒獣の腕を跡形もなく消し去ることを決めた。

どのように処分しようか、と考えを巡らせているのだろう。
こめかみがヒクリ、と小さく動く。

このまま1時間待ち、毒腺が壊れた素材を王宮に持ち帰って焼却するのが現実的だが、猛毒ガスが発生する可能性もあるし、体液が漏れ出し続けている。
1時間後、どのように変貌を遂げているか予想できない。
あのグルニカがアレンジを施しているのだ。
腐肉が全て溶けて液体になってしまうのかもしれないし、本当に毒腺が死滅したのか確認
できるのはグルニカだけ。
……頭が痛い。

ルーカが気を効かせて、床に猛毒液が広がらないようミニサンクチュアリを展開して黒獣の腕を隔離してくれている。
レナたちを先に帰すことも難しい。

『『ねぇねぇ、レーーナ?』』

ふと、クレハとイズミが、レナのお腹にぐいぐいとボディをすり寄せる。
可愛い。レナがでれっと格好を崩す。

「なぁに? 大切なお話はもう終わったから、そろそろ解散だよー。退屈してきちゃった? サディス宰相が対処を考えてくれてるから、あと少しだけ待っててね」

ナチュラルに「早く終わらせてくれるよね?」と宰相に圧力をかけたレナ。逞しくなったものだ。
宰相がパチリと瞬きして眉根を寄せ、アリスとモスラが笑いを噛み殺した。

クーイズは、レナから離れる様子がない。おや?

『『あのねっ。お腹空いちゃったの! 目の前に美味しそうなおやつがあるからぁ〜……ガマンできないよぅ』』

「うん?」

『『黒獣の腕。食べたいなー』』

「「ええええっ!?」」

叫び声を上げたのは、グルニカとレナだ。
クーイズが、ヌラリヌラリ……ジリジリ……ギランッ! と宰相に距離を詰め始める。
怪訝な表情で、宰相はレナを見つめて、視線で説明を求めた。

「…………えっと。このスライムたち、黒獣の腕を[溶解]したいらしいです。悪喰なので、毒物はおやつになっちゃうんですよねー……あはは……」

言ってから、レナは「でも新種の毒ってさすがに大丈夫なのかな?」と不安になる。
するとルーカと共有している思考が「大丈夫そう」と訴えてきた。
小さく息を吐いて、肩の力を抜く。

「むしろこの機会を逃さず黒獣の腕を確保すべき」……との思考が続けて流れ込んできて、レナはほんのり首を傾げた。
ルーカの判断は信用している。
……交渉してみようか。
従魔たちが喜ぶ姿が、主人は大好きだ。

「えっと。……腕の[溶解]をご検討頂けたりしますか?
このスライムたちには、毒は効きません。欠片を一切残さずに吸収できます」

「……ふむ。黒獣の腕の抹消方法を考えてはいましたが」

宰相が難しい顔になる。
厄介事が消え去り、レナたちに喜ばれるという利点と、常識を天秤にかけて大いに悩んだ。

なにとぞ! とレナが懇願して、スライムたちが床を汚していた猛毒液をずぞぞっとつまみ喰いし、宰相の常識にアッパーをくらわせる。

「……双方の利害が上手く一致するご提案ですが、二点、確認させて下さい。
この場で完全に素材が[溶解]されるまで、見届けさせて頂けますか?
申し上げにくいのですが、万が一、個人が新種の毒素材を入手するかもしれない可能性を、私は警戒しなくてはなりません。
また、新種の毒が効かない保証は御座いません。
捕食は自己責任であると、一筆書いて頂いても?」

宰相が真剣にレナに相談する。
クレハとイズミの捕食シーン公開を求めたのは、レナたちの秘密の一部なのでは? との確認のようだ。
「皆様の負担が大きくなってしまいます。申し訳御座いません」と、宰相が一言付け加えた。

「分かりました……一筆書きます。いいお返事を頂けて良かったです!
クレハ、イズミ、それでいいかな? 最後まで残さず喰べるんだよー」

『『ひゃっほうー! はぁーーい!』』

クーイズが、ぷよよん! ぽよよん! とコミカルに飛び跳ねてダンスをした。
レナが簡易契約書に署名すると、宰相から毒毒(ドクドク)手長ウルフの腕が差し出される。

『『いっただっきまーーす! 称号[悪喰]セット、スキル[溶解]〜』』

一応、食あたり防止のために称号もセットしておいた。

赤と青のスライムボディが仲良く混ざって、ぐあっ! と素材を包み込んだ!

▽クーイズは 猛毒おやつを 味わっている!

『うひゃ! 毒がブクブク、身体がピリピリ、痺れるぅ〜!』

『この、ジュエルの核に致死毒が染み渡る感じが……ああーんっ刺激的ぃ! でもこれしきで赤の女王様の配下たる我らを倒せると思うなよぅ?』

『『どろどろ、ヌルヌル、美味しーーい♪』』

グルニカが驚愕と興奮が入り混じった表情で、スライムの[溶解]の様子を目玉が飛び出さんばかりに観察している。

紫色のスライムボディに黒紫色の猛毒が混ざり、ブクブクとたくさんの気泡を発生させている。
黒獣の腕は瞬く間に溶かされてしまい、毛皮が無くなり、露出した腐肉と骨が舐め回され始めていた。
グロテスクな光景なのだが、ジュエルボディがキラキラと幻想的に輝き、美しく芸術的にすら感じられる。
ジュエルマジック!

こんなにも楽しげに食事するなんて!
興味深い光景を見たことで、グルニカの黒獣の腕への執着も、徐々になくなっていった。

『『ご馳走さまでした♪ けふっ』』

「ワァオ……本当に完食しちゃったよぉ。
捕食時間3分、ボディ内には素材の欠片や毒の残留が一切見られない。
なんて気持ちイイ食べっぷり。君たち、凄いね!」

『『えへん!』』

グルニカとクーイズが、きゃっきゃっと賑やかにコミュニケーションをとっている。
宰相も感心したように頷き、場をまとめに入った。

「毒毒(ドクドク)手長ウルフの腕の消滅を、確かに確認致しました。ご協力、感謝申し上げます。
長引いてしまいましたが、この度の話し合いは終了と致しましょう。
お付き合い下さり、誠にありがとう御座いました。
シヴァガン王国政府は、今後、グルニカの管理にいっそう尽力するつもりです。ご迷惑をおかけ致しました」

「こちらこそ。色々と相談できて良かったです!
これからもよろしくお願いします」

「是非。またご連絡下さいませ」

宰相の目が「聖霊の力が暴走する前に絶対に連絡してくれよ、絶対の絶対だぞ!」とガチで訴えかけている。
レナたちだって、どうせ厄介事が訪れるなら、優秀な人材を巻き込んで臨みたい!

二人は力強い握手を交わした。
めっずらしぃ〜、とグルニカが呟いた。

「……あっ! アタシ全部説明したよ。対価ちょーだい?」

「貴方に関係する部分だけ、お知らせ致します。
研究部所属の要管理職員、複合屍喰鬼(ユニオングール)グルニカ。
例の金属球は宝物庫に返還されず、藤堂レナ様たちが個人的に所有することに決まりました。
この理由については、魔王国会議で情報統制した後、一部職員にのみ知らされる予定です。
大人しく続報を待ちなさい。
早まってまた妙な真似をしないように。
金属球の損失額、宝物庫の補修額、その他迷惑料は貴方の給与から天引きとなります。
これから約40年は基本給の支給は一切御座いません」

「ふぁっ!?」

「研究の出来高によっては、ボーナスを別途支給致しますので。
今後の弁解に期待しています。
……それから、死の谷などに出かける際には、行動を制限する首輪の装着を義務と致します。
失踪し、自分勝手な好奇心でまた他者に迷惑をかけないように、必要だと判断致しました」

けったいな悲鳴を上げたグルニカの目が、今度こそ溢れんばかりに見開かれる。

「ま、待って待って! それってもしかして、従属の首輪ってことぉ!?
あれ、キツイ制限かけた分だけ、思考能力ががくっと低下するジャーーン!
真性の馬鹿になったアタシに価値なんてないよ!?」

「そうですね。
死の谷では素材鑑定をせず、本能で研究資料になり得そうなものを持ち帰って、王宮で研究して下さい。
作業効率は下がりますが、致し方ありません。
最後に。今後、骨董品や研究に必要な資料を取り寄せる時は、貴方の独断ではなく、他の職員経由で発注すること。
研究部職員グルニカは重大な規則違反を犯し、信用を失いました」

「ううぅ〜〜〜! ……ごめんなさい」

グルニカは涙をポロポロこぼしながら、素直に謝った。
いつもはグダグダネチネチ言い訳していたのだが、良い傾向だな、と宰相が対応の改善を評価する。

レナはグルニカの深い悲しみのオーラを視て、演技ではないんだ……と理解し、厳しい罰を可哀想に思ったが、シヴァガン王国のルールなのだ。
余計な口出しはしない。
宰相は理不尽に罪状を重くしたりはしないだろうし、レナは自分と従魔たちを守らなくてはならないのである。

グルニカがこれほどキツイ制約を甘受してシヴァガン王国政府に勤めているのは、死の谷など、王国が特別管理している土地への立ち入り許可をもらうため。
危険地域などからは、珍しい素材がゴロゴロ発掘されるのだ。
レナたちはこの事情を、かなり後に知った。

グルニカがずびっと鼻をすすった。

「えーとね。ほんとごめんねぇ」

レナたちは苦笑でグルニカの謝罪に応え、涙が収まるのを待ち、[サンクチュアリ]を解いて個室を出た。

全員が一斉に、バッ!! とレナたちを見て、宰相が眉を顰めたので、またバッ!! と視線を逸らした。

(どうなることかと思ったけど、全部望み通りの展開になって良かったな。
サディス宰相が味方になったし、グルニカさんも……悪人という訳ではなかったし。
これからは彼女の手綱がしっかり握られるみたいだから、もう金属球をけしかけられたりする事もないでしょう!
うん、良い話し合いだった!)

レナがポジティブを発動させて、ニッコリと笑顔になる。

(オズくんに白炎が現れたのはビックリしたけど……これから、新しい力を伸ばすように交渉してみようか?)

「……そんなにじーっと見て、なに? 主さん」

「なんでもないよー。オズくん、助けてくれてありがとうね」

レナは嬉しそうに、オズワルドの頭をわしゃわしゃ撫でる。
オズワルドが尻尾を揺らしてバッと遠ざかった。

「こんなとこでやめてくれる!?」

「ふははははははぁっ!」

▽レナたちは 共同空間で食事する人々の 注目を 集めている!

ケラケラ笑ってオズワルドを追いかける主人を、なんだか様子がおかしいぞ? と従魔たちが怪訝に見つめる。

ルーカが気分が悪そうに、口元を押さえた。
グルニカがすんっ、と鼻を鳴らす。

「あっ! アタシが唯一酔えるマタタビ酒、今年分がもう仕込まれてたんだ!?
いいねぇ! 毎年、マタタビツリーのシーズンが終わった頃にこれを飲むのが楽しみなんだなぁ。
ウエイトレスのオネーサン、アタシにもジョッキでマタタビ酒ちょーだい☆」

「許しません。反省していないようですねグルニカ……勤務態度劣悪につき、罪状が増えました」

「ひどーーい!? アタシの中にある猫獣人の脳みそが、もう我慢できにゃい! って訴えかけてるのにー! 生理現象なのにー!?」

グルニカの大声の注文はスルーして、マタタビ酒グラスをお盆にたくさん載せたウエイターが、レナパーティの近くを横切った。

マタタビ、お酒、猫獣人たちはもう脳みそがグールグル!

「「に”ゃーーーーーっ!?」」

レナとルーカ、[感覚共有]した黒猫2人が顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。
試練と幸運は、順番に訪れるものなのだ。

***

お宿♡まで、モスラがフラフラになった黒猫2人をまとめて抱えて運んだ。
これしき、日々肉体を鍛えているモスラにとっては楽勝である。

しばらくベッドで横になり、[快眠]すると、レナとルーカの体調も回復した。

「お酒とマタタビの合わせ技、強烈だったよね……うえ……」

「思い出させないで下さいよルーカさん……。
猫獣人にとって、マタタビってこんな感じなんですね。全身がカッと熱くなって、脳がクラクラに酔うの。
今度は[感覚共有]のタイミングに気をつけようっと……」

「そのコメントはひどくない? 一緒に苦しんでくれていいんだよ、ご主人様」

「従魔を回復させる方を全力で頑張ろうと思います。共倒れよりいいでしょう?」

「そうきたか。そうだね。レナ女王様が助けてくれるなら絶対安心だ」

ルーカが言って、キリッとした宣教師の顔つきになる。
自分の言動にウケて、撃沈した。

「当たり前です! そして敬称についてお話があります。こらっ!」

「あはははっ!」

ルーカが噴き出すように大笑いして、目尻にうっすら浮かんだ涙を拭った。

「はぁ。……ルーカさんが笑ってるとホッとしますよ。
うん、不安の警報音(アラーム)、聞こえなくなりましたね! 良かった。
……奇妙な変異種の魔物が多いっていう、ガララージュレ王国の現状、やっぱり気になっちゃいますよね。
でも、ルーカさんが毎日笑って過ごせるように、私たちがしっかり守りますから!
信じて下さい」

レナがルーカを力強く見つめる。
魂の輝きが眩しくて、ルーカが瞳をうっとり細めた。
この善の光を見るのがとても好きなのだ。

「もちろん。レナたちを疑うだなんて、とんでもない。
相変わらず、故郷がいろんな方面に迷惑かけてて、申し訳ない……って思うけど、僕が積極的に関わってどうにかしてやろうとは考えていないから。
レナたちがまたあの国の悪意に晒されるなんて、嫌だ。危険すぎる。
……それに、自分勝手だけど、僕は今の環境を本当に幸せだと思ってるんだ。
仲間に恵まれてて、生きてることが楽しくて……ずっとこのままでいたい」

「是非、そうしましょう!」

レナとルーカが幸福に満ちた微笑みを浮かべて、パシンと軽くハイタッチした。

触れた手はあたたかく、心は確かに繋がっている。
従魔契約で物理的にもね、と考えたら面白くなってきて、クスクス笑い声を漏らした。

幸せでいたい、それで良いじゃない、人間だもの!

「「これからもよろしく!」」

『『『よろしくねーっ』』』

シュシュが、リリーが飛び込んできて、マクラになっていたハマルがもふっ! と頬をすり寄せる。オズワルドが投げ込まれて、モスラとアリスが「レナ様かっこいい!」と囃(はや)し立てた。
全員を、リボンのようなスライム触手がぎゅぎゅっとまとめる。

<ハイ、ピーース! なんて素晴らしい光景でしょうか! 待ち受けにしましょう>

スマホのアルバムが更新された。

クレハとイズミが混ざったスライム触手は、まるでルーカの瞳のような紫色のアメジストカラー。

「……毒毒(ドクドク)手長ウルフの腕を喰べたことによって、成長がいっそう促進(そくしん)されるはず……かぁ。
強い魔物の素材って、強化作用があるんですよね」

「うん。おそらく次のレアクラスチェンジの時に、より強大な力を持つ魔物になる」

「ルーカさん便利。いつもありがとうございます」

「レナの従魔になって良かった。その一言、最高にいい気分!」

お宿♡の一室に明るい笑い声が響いた。

気配を察したネレネが、廊下でふっと優しく微笑む。
隣にいたララニーに、ストロベリーティーを差し入れてあげて、と言いつけた。

ほんのり甘い香りに包まれて、レナたちがすぅすぅと眠りに落ちる。

見えない何かが、すうっと夢の狭間を通り抜けていった。

 

 

 

 

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