118:トラブルの本気

漆黒の靄(もや)の中から、ブラウンの髪が時たまチラリと覗く。

「闇魔法[透明化]」

様々な人物の夢の中を、この靄は音も移動していった。
朗々と、内部の人物が晶文(しょうぶん)を口にする。

「その目が映す世界、その鼻が嗅いだ匂い、その耳が聞く音は、全て真実……
そう信じて疑わず
そう信じて生きなさい
我は闇に姿を消す者 我はこの世にいない者
目で捉えられぬ 鼻で知らぬ 耳に届かぬ存在なり
ただ、影のように背後に寄り添う者なり
誰も存在に気付いてはならぬ
誰も存在を語ってはならぬ
知られぬ透明な笑みを 口元に刻もう……」

一説口にするごとに、息づかいが消え、視線が消え、ニヤリと笑った気配も消えて……この靄は、何者にも認識されなくなってしまった。

そもそも、このような細工をしなくても他者に気付かれるはずもなかったのだが。
ここは夢を司る種族以外が立ち入ることのできない、精神世界なのだから。

(しかし、あの幼子は夢と同調している私を認識し、恐るべき魔法で攻撃してきた……)

一体何者なのだろう、と人物は険しく眉根を寄せる。

以前、オズワルドの夢に入り込もうとしてハマルに[夢吐き]の隕石落としをくらったことで、この人物は完全に精神の”半分”を殺されていた。
用心深く、仲魔の能力で精神のもう半分を保存してあったので、こうして生きていられたのだが。

精神保管はとても便利な技術だが、マイナス点も多い。
半分の精神で行動している時には、複雑な思考ができなくなる。
予期せぬ事態にとっさに対応できなくなるということ。
また、高度な魔法である晶文も知力不足、魔力不足ゆえに使えない。

今回のように魂の半分が消滅してしまえば、肉体のレベルは半分に落ち込み、ペナルティとしてしばらく指先一本動かすこともできなくなる。
仲魔には爆笑されたし、魔力を注いで命をつないでくれた厄介な相棒には多大な借りを作ってしまった……。
人物がため息を吐く。

(あの魔王の息子の制御を諦めることはできない……)

入念に遠回りして夢を渡り歩いて、靄は久しぶりにオズワルドの夢の淵にたどり着いた。

(!? ……これは……!
夢が、閉じている。心が満たされ、夢も見ないほど熟睡しているということ。
このブラックドッグは長らくずっと不安定だったのだが……。
……暗く影を落としていたはずの夢が、まるで青く燃え上らんばかりだ……!)

人物は唖然とオズワルドの”夢の殻”を見上げた。

様々な人の夢が溢れるドリームワールド。夢を司るこの人物の目には、真っ白い空間にそれぞれ4メートルほどの夢の球体が浮かんでいるように視認されている。
意思を持つ存在ならば、ヒトでも魔物でも虫でも、この夢の球体を持つ。
虫などでは、球体はとても小さくなるが。
夢を見ない時でも球体は存在しているので、夢の殻=その者の精神世界、と考えていいかもしれない。

この人物はさまざまな夢を[夢渡り]スキルで繋ぎ、細い糸の上を渡るようにして、移動することができる。
移動するのは精神のみで、身体は眠っている。
睡眠中の夢を覗いたり、さらに殻に亀裂がある状態ならば、そこから内部に入り込んで影響を与えることも可能だ。

ヒビ割れかけた精神に「悪い出来事が起こるのはこの世界そのもののせいだ」と何度も語りかけてやれば、大抵の者は心を病む。
……そうして思考を都合よく誘導し、才能ある魔人族を、彼は仲魔に引き込んでいた。
己の目的のために。

(……魔王の息子の夢の近くにいるだけで、じんじんと熱を感じるほどだ。
夢の球体を包んでいる……これは、闘気?
まだブラックドッグから成長していないはず。種族名に”デス”の名を持つ魔物でないと、具現化するほどの闘気など扱えるはずがないのだが。
これでは……まるで魔王ドグマではないか!
血統だとはいえ、そんな馬鹿な……ッ)

靄の中から手を伸ばし、オズワルドの夢に入り込めないかと以前の亀裂を探しかけた人物は、手が強烈な熱さを訴えたので、触れることを諦めて腕を下ろした。

憎々しげに、青い輝きをしばらく睨む。
この短時間にも、青色は純度を増して、上部は白みを帯びてきている。

(ポジティブなエネルギーに満ちている。不愉快だ)

心の中で毒づいて、周囲を見渡した。

オズワルドの夢の殻の周囲には、以前よりもしっかりと寄り添うように、レナたちの夢が存在している。
どれもが穏やかで力強い光を帯びている。
人物が一番嫌う状態だ。

(……あの、幼子の夢は)

ハマルの髪のように、繊細な星の輝きを放つ夢を視つける。
鎖でグルグル巻きにされていた。
たまにこのような状態の夢に出会う。誰かに強く束縛、所有されることを好む者だということ。
そういえばこのレア魔物たちは、皆ヒト族の少女の従魔だったか、と思い至る。

主人であるレナの夢の殻に視線を移すと、ひときわ眩しい赤の輝きが、人物の目を焼こうとした。
慌てて視線をそらす。

(以前はブラックドッグの夢の内部に入り込んだ時に、幼子に勘付かれたんだ。
……夢の外側にいるとはいえ、ここに長居すべきではないな。イレギュラーが起こらないとは限らない。
全員レア種の魔物なのだ。色々な特殊技能を持っていることだろう)

それにしても、都合が悪い状況であることが分かっただけで、良い成果が何一つなかった。

オズワルドの夢の殻は閉ざされていて、夢を覗き見てレナパーティの情報を得ることもできない。
ハマルの種族は見当もつかない。
自分と同じく、夢を司(つかさど)るレア種族だろうが……と考えて、精神世界に介入して思想を操るというスマートな方法が気に入っているこの人物は、いっそう機嫌を損ねて奥歯を噛み締めた。

晶文を使うために精神保存の保険をかけずに、レベルが半分になった弱体化した状態でこの場にいる。
またハマルの苛烈な攻撃を受けるわけにはいかない。

去り際に、レナパーティの夢の殻を苛立たしげにひと睨みする。

(!)

……目ざとく、ひとつの夢の殻にほんのわずかな”隙間”を視つけて、刮目(かつもく)する。
ゾッと底冷えするような笑みを浮かべた。

(これから少しづつ、ネガディブな気持ちを増大させて、荒らしてやろう!)

靄が遠ざかっていった。

***

レナパーティのみんなが、淫魔ネレネのお宿♡の極上ベッドの上で目を覚ました。

「おはよう」

「おはよう〜」

それぞれが眠気混じりの声で挨拶をする。
金色もふもふ枕に埋めていた上体を起こして、うーーん! と伸びをした。
アリスが、レナのバスローブの前がしっかりと閉められていることをきちんと確認して、よし、と満足げに頷く。
さっそくブローチを購入して、レナに昨夜装着させていたのだ。

いつも寝起きはぼんやり半眼だったオズワルドの目が、今日はパッチリとしていることに気付いて、レナが声をかける。

「オズくん? 目覚めが良かったみたいだね」

『うん。なんか、頭がスッキリしてるんだ』

オズワルドは獣のふかふかした手を、不思議そうに胸に当てて呟いた。

『熱い』

「風邪!? ええっと、ど、動物病院に!」

『知能の低い動物と同列視しないでほしい!
主さん……俺は魔物のブラックドッグだし、魔人族だから普通の病院にかかればいい。はあ。心配してくれるのは、その、悪い気はしないけど。
というか……体調はいいから、風邪じゃないと思う』

「うちの子は可愛いなあああ(ルーカ先生、診断を!)」

「……レナ、本音の方を、言っちゃってる……からね……?」

ルーカが眠そうに目をこすって、ウトウトとまた二度寝を始めそうになったがモスラの教育的殺気を察して我慢し、目を細めてオズワルドを視つめる。
おや? と瞬きした。

「うん……全く問題ない。体調良好、気分爽快なようだね? この調子でいこう」

にんまりと含みのある笑みを浮かべる。

「逆に不安になったんだけど?」

オズワルドが気味悪そうに後ずさって、もふん! とハマルの金毛に再び埋もれた。
不可抗力である。

「言葉通りに受け取ってもらってかまわないってば」

「アンタとモスラは普段の言動からして、大抵の言葉に裏があるんだよ」

「巻き込み事故やめてもらえますか?」

モスラがレナから高級宝石まみれヘビーブラシを借りて、ヤレヤレといった表情でオズワルドのブラッシングを始めた。

「『重量軽減』の魔道具を装着するか、このブラシに直接魔法付与した方がいいですね。レナ様が手を痛めてしまっては大変ですから」

モスラの気遣いの言葉に、レナが嬉しそうに頷く。
父親からのプレゼントだったのでこの重いブラシを使い続けていたが、確かにすぐ手が疲れてしまうのだ。
オズワルドの青みがかった黒の毛皮は、スライムジェルと高級ブラシの効果で、毎日見事な毛艶を保っている。
ファーストコンタクトの時よりもさらに艶を増していた。
美形度を増した息子を見て、魔王様喜ぶかなーとレナは思いを馳せて、ちょっと楽しい気分になる。

ハマルがのっそりと身体をひねる。
起きようとしたが、またこてんとベッドに頭を降ろしてしまった。

『ん〜〜……なんだかモヤモヤ……なんだろー? 気持ちよく起きれないですー』

「あれっ? オズくんと真逆だねぇ。私がしてあげられる事はある?」

レナがハマルの顔を覗き込んだ。瞳がキラキラしている?

『平手打ちを! 女王様スタイルでー!』

「しまった!? そんなつもりで言ったんじゃなかったのにぃー……!」

少し苦悩した後、部屋に、ピチューーーーン! と桃糸雀(ピチュリア)の美しい音色が響いた。

***

レナたちは身支度を整え終わった。
今日も朝練をしてから朝食をとる予定だ。

オズワルドが何度か口を開いて、閉じて、視線をさまよわせている。
レナたちは不思議そうに、ルーカはニヤニヤ笑いをかみ殺しながらこっそり様子を伺っていた。
が、シュシュが『なに立ち止まってるの、歩くのおそーい!』と背中にキックをかましたので、軽く威嚇し合う展開になり、オズワルドの何か言いたげな雰囲気はうやむやになってしまった。
レナが苦笑しながら仲裁する。

ふと、ルーカが廊下の方を向いて、ネコミミをピンと立てる。

「うわ仕事はやっ」

「え?」

「トラブル来襲のお知らせです。昨日相談したフォーメーション7作戦で行こう」

ルーカとリリーが、レナの肩にポン、と手を置いた。
クーイズがプヨ……プヨ……と慰めのダンスを踊り、ハマルとシュシュが足元にすり寄る。
オズワルド、アリス、モスラからは「手助けするから」と決意を込めた言葉が贈られた。
スマホは撮影に余念がない。

みんなが同情した目でレナを見ている。

「称号ーーーー!!」

頭を抱えてレナが叫んだところで、部屋の扉が静かに3回ノックされた。
ネレネがするりと室内に入ってくる。

「面会を求める人がいるのだけど。どうする?」

「あの。逃げられそうですか?」

「お宿♡から出たところで捕縛されるのではないかしら……蜘蛛の糸で」

「……会います」

「ごめんなさいね。シヴァガン王国の政府が迷惑かけちゃってて」

レナはこれ以上ないほどの苦笑いを浮かべた。

ネレネが「かなり落ち込んでるわね?」と察して、あとでサービス♡として何か珍しいスイーツを差し入れてあげましょう、と考える。

ネレネが廊下に出て、招かれざる客を部屋に通した。

まず、磨き上げられた革靴がスッと現れる。今日も貴族服をキッチリ着こなした、朱髪の影蜘蛛宰相が姿をみせた。
レナたち全員が揃っていることをさっと確認して、まず浅く頭を下げる。

そして……宰相に続いて、派手な青緑の髪の女性が現れた!
女性らしく豊満なボディを持つ美人だが、そんなことを気にしていられない。彼女の強烈なインパクトに悪い意味で注目してしまう。
皮膚のあちらこちらに”縫い跡”が走っており、皮膚の一部は灰色がかっていた。
顔にも大きな縫い合わせの跡が横切っていて、顔の半分は耳が長いエルフ族、もう半分は黒い獣の耳を有している。左右の瞳の色も異なっている。
片腕は明らかにヒト型のものではなく、ところどころが宝石のように結晶化した獣の大腕。ドス紫色の爪が禍々しい。

(傷を縫って治療した跡……というより、欠損部分を別の魔物・魔人族のパーツで補っているんだ)

レナは正しく察して、想像していた人物像に輪をかけて曲者(クセモノ)な予感! と冷や汗を流した。

「早朝の訪問にも関わらず、ご対応下さり、誠にありがとう御座います」

相変わらず硬い口調の宰相の声が、部屋に朗々と響いた。

▽サディス宰相と 複合喰屍鬼(ユニオングール)グルニカが 現れた!

部屋の扉がパタンと閉められ、完全防音となる。

グルニカがお宿♡のVIPルーム内を興味深そうにグルリと見渡して、口角をニコッ! と吊り上げてみせた。

「おは」

「この度は、我が国の研究部職員グルニカが多大なご迷惑をおかけしたとのこと、誠に申し訳御座いませんでした!!」

▽サディス宰相の 先手必勝 超速謝罪!!
▽グルニカは 頭を掴まれて 強制的に謝罪姿勢!
▽グルニカの 腰が折れて 180度最敬礼となった。

ボグッ、と鈍い音が部屋に響いた……。

みんなの顔が引きつった。

 

 

 

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