116:鍛治工房へ行こう!

アリスとモスラの魔王国滞在3日目。
朝練を済まし、本日向かう先はドワーフ鍛治工房イーべルアーニャ。

冒険者用の高級装備を多数作っているということで、レナたちも一緒に訪れる事にした。
鍛冶屋街の近くまでは、ワイバーン・ラギアの空便を使う。

鍛冶屋街はうっすら視認できるドーム状の防音結界に覆われていた。
結界をくぐり抜けると、槌(つち)が金属を打つ硬質な音があちこちから耳に入ってくる。
この結界は騒音被害が出ないように住み分けのため設置されているので、誰でも自由に通り抜けられる。

「わあ! 空気がガラリと変わった。少し蒸し暑いかも。重厚な鍛治の音が、雰囲気あるねぇ」

『『ぱふぱふ〜♪』』

「ここは鍛冶職人たちの仕事場が密集しているから、工房炉の熱で気温が高めなんだよ。
職人はドワーフ族が多くて、彼らの故郷の火山地帯に似た気候の方が作業がはかどるらしく、ドーム内はあえて魔道具で温度調整をしていないんだ。
槌の音も規制されていない。
ドワーフ族にとっては子守唄のような音だそうだよ。
工房に寝泊まりしている職人が多い。それだけ、彼らは鍛治が好きなんだ。情熱をもって仕事に臨み、素晴らしいものを作り出している。
この鍛冶場の雰囲気を観光したい人がよく訪れるし、観光客向けに工房も開放はされているんだけど、熱気にやられてすぐに散策を切り上げて、結界の外にある鍛冶商店街に足を運ぶ人がほとんどなんだって」

「私たちが熱にうんざりしていないのは、ブレスレットの体感温度調整効果のおかげってことなんだね。ジミーお兄ちゃん」

「その通り、アリスさん。ちなみに、この熱に耐えて工房まで辿り着けた場合、直売価格で職人たちの力作の武器を購入することができるよ。その場でオーダーメイド品の相談をすることもできる」

ルーカとアリスがニヤリと笑いあった。
おそらく頭の中で様々な計算をしているため、このような底冷えのする笑顔を浮かべているのだろう。
お代官様の会合を思い浮かべながら、スッと背筋を冷やしたレナは「コスパは大事だよねぇ」と掘り出し物にのんびり思いを馳せた。

「ブレスレット店の時もそうだったけれど……事前に商談の連絡はしていないんだよね?」

レナがアリスに尋ねる。アリスはしっかり者なので、アポイントを取りそうなのに……と疑問に思ったようだ。
アリスがニヒルに笑う。

「サディス宰相とロベルトさんがお屋敷に訪問してくれた時、評判のいい商店を訪問するつもりですって伝えたんだけど、紹介の申し出はなかったの。
経済部の悪魔・マモンさんとの面会は調整してくれたけどね。
……ということは、飛び込み営業で私がどこまで上手くやれるのか、商人としての実力を測ってるんじゃないかって思ったんだ」

「なるほど」

レナが苦笑いしながらアリスとモスラを見ると、二人の瞳は燃えていた。

「この勝負、受けて立つ」

「アリス様の類稀(たぐいまれ)なる商才を見せ付けて頭を地に擦り着かせるまでがお約束です。お供致します」

「すごい相手を焚きつけちゃったなぁ。魔王国の皆さんは」

敵に回っていないのが救いだろう。
頭がキレて商人としてのセンスも抜群、顧客人脈も申し分ないルーキーバイヤー・アリス。
文武両道、いざとなれば華やかな笑顔と拳で猛者の頭を地に沈めるであろう執事モスラ。
絶対怒らせてはいけないパーフェクトペアである。
なお、レナへのお説教は怒っているのではなく叱っているので、範囲外に仕分けされる。

鍛冶屋街の建物の外壁はさすがに少し煤けている。
『この壁のヨゴレも[溶解]したっていいのよ?』とクーイズが半分おふざけ半分本気で言うが「みんなが驚くからやめておこうね」とレナは[悪喰]を窘(たしなめ)めた。

工房の中でも特に大きな一軒、ドワーフ鍛治工房イーベルアーニャに到着する。
たくさんの職人が中で働いているのだろう、トンカントンカンと槌を打つ音が絶え間なく聞こえてきている。
大きな観音扉に、レナが手をかけた。

「じゃあ、開けさせてもらうね」

「ありがとう。レナお姉ちゃん」

なぜ、レナが先陣を切るのか。
職人たちが相手の場合は、主人が前に立ち直接対談する方が好まれるためだ。
言葉の裏の読み合い、細かな立ち振る舞いの上流階級マナー、従者や護衛をこれみよがしに見せつける客は嫌われる。
ミレー大陸のヒト族の常識は、ここでは逆効果となる。

ジー二大陸の職人を相手にする場合は、客(主人)がまず心を開いて商品を見定め、その上で「良い!」と評価する事が最大の賛辞になる。
この魔人族の職人の感性について、アリスが宰相たちから事前に聞き出していた。
望んだ情報を自然に相手にしゃべらせる巧みな話術が宰相たちを感心させて、マモンへの面会が打診されたのであった。

……しかしアリスがまず工房の扉を開けるのは、レナたちが全力で止めた。
ヤル気満々のところに水を差してしまったが、万が一職人が荒っぽい者だったり、トラブルが飛び込んできた場合に、戦力を持たないアリスでは対応できないと判断したのである。
レナはこの工房で商品を買うつもりの立派な客で、魔物を従える主人だ。
職人たちも悪い印象を抱かないだろう、とアリスも納得した。

レナ半歩後ろには、ルーカが万が一の護衛のために控えている。小さな従魔たちも周囲にいる。

「おじゃましまーす」

レナが明るい声で扉を開けた!

▽レナの目の前に 黒い物体がすっ飛んでくる!

「危ないッ!」

工房の奥にいるドワーフが、野太い大声で叫んだ。
レナは目を丸くして硬直してしまっている。

「レナ女王様! カッコよくキメて!」

ルーカが鋭く声をかけた。
レナが条件反射的に動いた!

▽レナは [赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣]を バサッと翻(ひるがえ)した!

「無礼者!」

▽黒い物体は 覇衣に当たる直前に 勢いを無くし……床にガツンと 転がった。

一瞬の出来事であった。
一瞬でレナは赤っ恥をかき、ドワーフ工房の職人たちはあんぐりと口を開けている。

「よしっ。さすがですレナ様」

ルーカが耳先をひくひく震わせながら満足げに声をかけると、レナが羞恥心で崩れ落ちた。
いざという時とっさに防御体勢がとれるよう、[調教師]ルーカとこの掛け声で反応する訓練をしていたのである。
おふざけでは使わないから、という約束だったので、危険な状況だったのだろう。

覇衣の破格の防御効果がレナを守った。
なお、着用者の心までは守ってくれない。レナが諦め……慣れるしかないらしい。

「…………」

「そんなに怖い目で見ないでよ。モスラ」

レナに攻撃をしかけてきた何かをモスラは拳で粉砕しようとしたのだが、ルーカにやんわり腕を掴まれ止められていた。

「(レナも冒険者として、強くならなければならない。彼女自身がそれを望んでいるんだ。
あの黒い物体を覇衣がガードできるってきちんと視て判断したから、落ち着いて。
それに……アレを壊してしまうなんてとんでもない)」

ルーカに事情を説明されたモスラは、きつく握りしめた拳を渋々解いた。
先輩従魔たちが臨戦体勢をとりながらも落ち着いていたことを振り返り、まだ冒険者としてのレナパーティと距離感を掴みきれていないな……と、寂しく思った。
それならば滞在している間に完全に仲良くなるまでである。

「だ、大丈夫か……お嬢さん!」

工房の奥にいた髭の立派なドワーフの男性が、大慌てでレナに駆け寄ってきて頭を下げる。

「危険な目に合わせてすまなかった!!」

「は、はい。ガードしましたので無事です……」

レナはひとまず女王様モードについて突っ込まれなかったことにホッとして、転がっていた手のひらサイズの黒い金属の塊をつんつんとつついて、持ち上げた。
硬質だが、思っていたよりも軽い。
レナの知らない異世界金属だろうか。

丸みのある形状の金属には朱色で綺麗な模様が描かれていたようだが、表面が半分以上溶けてしまっていて、もはや飾り物としては使用できないだろう。
いや……あのように動くということは、そもそも飾り物ではないのだろうか?
覇衣に当たる直前で勢いを失ったということは、呪いの武器だったり……?
まあ、それならばレナとの相性は最強なのだが。

「これ、なんですか?」

レナがストレートに尋ねると、ドワーフの男性は「うっ」と言葉に詰まった。

「あーー……。その、だな。……いや、誤魔化しはしない。お嬢さんは怪我をするところだったんだ、俺には話す責務がある。
説明しよう。そこの椅子にかけてくれるか」

ドワーフが申し訳なさそうに頭を掻いて、レナたちを工房の応接スペースに案内する。

工房の一角が観光客向けにレイアウトされており、職人が趣味でつくったハイセンスな武器防具が棚に並べられ、なかなか立派なテーブルと椅子が置かれていた。

中途半端に開いていた観音扉の向こうから思いの外多くの従魔たちがぞろぞろと出てきたので、作業中だった職人たちは驚いて物珍しそうに客を眺めている。

「ジロジロ無遠慮に見てるんじゃねぇ、手を動かせ! せっかく来てくださったお客様に失礼だろうがっ!」

レナを案内した髭の立派なドワーフはどうやら親方のようで、大声で注意して一睨みすると、従業員たちはあわてて視線を逸らして手元に集中した。
口調が荒いのはともかく、常に声が大きいのは、この騒がしい工房内で全員に声を届けるための習慣となっているのだろう。

「そ・れ・と、ガルボ! お前もこっち来て一緒に謝らねぇか!? こんな時にまで人見知りしてちゃいけねぇ! 硬直は終わりだっ」

「は、はいいぃ! もちろんですっ!」

工房の隅っこから、チョコレート色の髪のひときわ小柄なドワーフがすっ飛んでくる。
まだあどけなさが残る顔立ちの、身体付きはがっしりしているがまぎれもない少女のドワーフであった。
一生懸命にレナに頭を下げる。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「あ、あの……。謝罪のお言葉はもう大丈夫です。それよりも、事情をうかがってもいいでしょうか?」

涙目で繰り返される謝罪に心が痛くなり、レナは「いいですよ」と言ってしまいそうになったが、ぐっと我慢した。
金属の塊がもし頭などを直撃していたら、重症だったかもしれない。
いざとなったら従魔たちが助けてくれただろうが、この件は軽く受け流してはいけないと感じていた。

ドワーフの親方が改めて深く頭を下げる。

「ああ、すまねぇ。俺はこの工房の統括責任者、ドミニク・ドゥーチという。
この娘はガルボ・フラン。まだ12歳と若いが、鍛冶の腕は確かな才能あるドワーフだ。
今回はお客様からの依頼で、そのお嬢さんが手に持っている、謎の金属インテリアの修復作業をガルボに任せていた。
ほんのわずかな魔力を纏っているとは俺たちも感じていたんだが、お嬢さんが扉を開けた瞬間に急に激しく暴れ出してなぁ。
一応封印の鎖もつけて作業していたんだが、振りほどかれちまった!」

「あ、あの、失礼します」

ガルボがレナの手から金属の塊をそっと受け取り、細い鎖をぐるぐると厳重に巻く。
もう金属が暴れ出す様子はなかったが、万が一の対策に封印し直したのだろう。
ガルボの皮膚の厚い小さな手には、血が滲んでいた。
彼女はこの金属球が暴れ出した時、必死に抵抗したらしい。

「手、治療しても良いですか?」

「は……はい」

「緑魔法[ヒール]」

レナがガルボの手をとって魔法をかけてあげると、幸いにも傷は浅かったので綺麗に治った。
ガルボが心地よさそうに目を細める。
「ありがとうございます」と、親方と二人でお礼を告げた。

「これは……あー、シヴァガン王国研究部の複合喰屍鬼(ユニオン・グール)、グルニカ様からの研究依頼品なんだ。
まああんまり公(おおやけ)に言うべき事じゃねぇが、あの方からこういった依頼を受けることはよくある。
修復作業のあとはデータを書類で報告して、何も言付けられていない場合は、この工房で販売してるよ。
あの方は骨董品を次々に買い漁ってて金遣いが荒いから、不要な珍品をここで販売させてもらう代わりに、無料で修復後のデータを渡しているってわけだ。
重要な効果を持つであろう素材は、返還をあらかじめ伝えられている。その場合は依頼料をもらってるよ。
あの方はアンデッドの魔人族だから、骨董品の収集以外にも、猛毒の沼地や死の谷やらに出かけて、珍しい素材や落し物なんかを持ち帰っては研究している。
かなり変わったお方だが……この工房が長年世話になっている上得意先だ。
有難いことだよ」

「そうだったんですね。さすが有名な鍛冶工房、政府の方にまで頼られてるなんてすごいなぁ」

「へへ。お嬢さんは褒めるのが上手いな。機嫌よくなっちまうぜ。
……だが、今回の件は本当に申し訳なかった。
さっき言ったとおり、厳重に封印して修復作業にあたってたし、グルニカ様からも特別な言付けは無かったんだが……あんな暴走をするとは」

「危険だって注意喚起が無かったんですね」

レナは眉尻を下げて、困ったように小さく笑う。
安全だと思われる依頼品を封印までして作業していたのだから、これ以上職人たちが責められるべきではないと思った。
レナたちの周りでは、イレギュラーがとにかくよく起こるのだから。

たくさん謝罪もしてもらったし、この話はここまでにしましょう、とレナが穏やかに語りかける。
ドワーフたちはまだ恐縮していたが、「今回買い物するどの商品も半額にさせてくれ」と破格の申し出をしてくれた。
レナの目がキラキラと輝く。

「ありがとうございます! 展示されている商品を見させて頂いても良いですか!」

「ああ、もちろんだ! ガルボ……あとの片付けは俺がやる。
お客様にしっかりと武器の説明をしてくれ」

「は、はい! あの……どの武器でも防具でも説明はお任せ下さい。
よろしくお願いします」

ガルボはしょんぼりと親方の厳しい背中を見ていたが、顔を振ってなんとか気持ちを切り替えて、きりりとレナを見上げた。
素朴で可愛らしい顔をしている。

レナは安心させるように[友愛の微笑み]でガルボを見た。
わらわらとレナの腕だの肩だのに、小さな従魔が群がっていく。

(さすがに今は、商談なんて始める空気じゃないよね……今日は潔く諦めよう。
まず顔合わせできただけでも十分)

(かしこまりました。まだ滞在期間には余裕があります。改めて訪れてもいいでしょう)

アリスがモスラを見て首を横に振り、モスラが小さく頷く。
その仕草だけで、このような意思疎通がされていた。
レナが無事で良かった、と二人ともホッとした表情で、楽しげに揺れる黒い三つ編みを眺めた。

「何か気になった商品はございますか?」

数点の品物を手に取り、レナがしげしげとデザインを眺めているところで、ガルボが控えめに声をかける。
積極的に商品を売り込もうとする生粋の売り子ではないので、商品をのんびりと見やすいなぁと、レナは嬉しく思った。

レナが口を開きかける。
ーーが、じっ……と親方の手元を眺めていたルーカが唐突にガルボに声をかけた。

「ねぇ。あの丸い金属の塊には言付けがなかったってことは、修復して店舗で売られる予定だったのかな?」

「え? ……ええ。予定ではそのつもりでした。
あれは表面がかなり溶けていますが、飾り用のランプだったのだろうとグルニカ様の鑑定書に書かれていました。
だから研究向きではない趣味品だったのでしょう。
シヴァガン王国の発展に役立つ研究がグルニカ様のお仕事なので、そのため役立ちそうなものはいつも返還指定されています。
今回の依頼品は表面の半分が溶けているうえ、相当昔の物らしく、有名な鑑定士でもあるグール様も視辛かったらしいですが……どこかの民家が火山の噴火の被害にあい、その遺物なのではないかと予想されていました。
私が先ほど作業していた時に金属の中に溶岩の成分を確認したので、その通りだったのだと」

説明してルーカを振り返ったガルボは、あれ? と首をかしげる。
黒髪ネコミミ青年の瞳が、あまりに珍しいアメジストの紫色になっていたのだ。
思わず目を奪われて、こんなに綺麗な色だったっけ? と不思議そうに瞬きをする。
すると、もう普通の黒目に戻っていた。

「!? ……あ、あれっ!?」

ポカンとした表情で自分のつい先ほどまでの記憶を疑うガルボ。

「どうしたの?」

地味な顔でにこっと愛想よく微笑み、ルーカはリリーの[幻覚]を一瞬解いてもらったことを誤魔化した。
先ほど粗相をした負い目もあり、ガルボは違和感を追求することはできなかった。

「アリスさん、とにかく珍しい商品が欲しいって言ってたよね! あれ、良いんじゃない?」

「ドミニクさん! 私、その金属の飾り物買いたいです! 片付けちゃうの待って下さい!」

ルーカがアリスを視つめて妙に大きな声で話しかけると、アリスはキラリと目を光らせて速攻で親方に待ったをかけた!

「はあっ!? ……あ、いや、失礼。
……確かにこの工房で売るつもりだった品だが、危ない動きをすると分かった以上、販売はできねぇよ。
これはグルニカ様に返す。
珍しい品ではあるが、修復作業も終わってないただの煤けた金属球を欲しがるなんて、ヒマワリ色の髪のお嬢さんは変わり者だねぇ……」

親方はアリスを怪訝な表情で眺めた。

「その金属球はもう暴走しないと思います」

「ん? ……どうしてそう思うんだい」

妙にキッパリ言い切ったアリスを見て、親方は困惑しているよう。
机の上の修復器具を片付けていた手が止まっている。

確かに、机に置いた金属球はもうコロリとも動かず、ほんのり纏っていた魔力すらも完全に消えているように感じられた。
もしや、先ほどの暴走で魔力を使い切ったとアリスが視抜いたのだろうか? と考える。
親方はアリスの答えを待つ。

「実はこちらのレナお姉ちゃんは、[トラブル体質]の称号持ちなんですよ。だからよくこういう事が起こるの」

「!?!?!?」

レナがひくっ、と口の端を引きつらせてルーカを見ると「(ごめん! コレを絶対手に入れておきたいから、協力してご主人様!)」とおねだりされた。
元凶がおそらくルーカであろうことを察知したレナはさすがに付き合いが長いだけある。
従魔のお願いにレナが弱いことを把握し、ここぞとご主人様! と呼んで見せたルーカが一枚上手だった。

▽レナは 悟り目になった。

そのおねだりの理由とやら……あとでしっかりと聞かせてもらおう。
ついでにネコミミを触り倒してやろう。こんちくしょう。親指をグッ! と上に向けてサインする。

ルーカにのっかったアリスが話を続けた。

「この称号、トラブルに一度見舞われたあとは落ち着くので、大丈夫だと判断しました。
それに、グルニカ様からは売っても問題ないと意思表示されているんですよね?」

「う、ううむ……。しかし、こちらの都合で申し訳ないが、この工房で販売した物が使用者を傷つけたとなっちゃぁ困る。
そういう事情もあるんだよ」

「自己責任だという書類を書きます。指紋押印に実名サインもします」

「そんなにこれが気に入ったのか……!?」

「ええ! とても!」

親方は相当悩んでいる。
グルニカに金銭的交渉をするのは、実はとても面倒臭いのである。
とくに、今回の場合は途中までガルボが作業したそれなりの金額を、金欠の彼女に支払ってもらわなくてはならない。

アリスがダメ押しで、黄門様の印籠ならぬ、とある小さなカードを高々と掲げた。

「そ、それはっ……!? ロベルト様のサインじゃねぇか! お嬢さん、知り合いなのか」

「ええ。実は私、バイヤーを生業とする商人なんです。今回はシヴァガン王国に招待して頂き、数日後にはマモン様とも会談する予定です」

「なんだってぇ!?」

絶妙に嘘は言っていない。
アリスがバイヤーなのは本当のことだし、レナの従魔であるモスラがシヴァガン王国政府に歓迎されたのも本当、マモンともそのうち会談する。

アリスがあまりに優秀な商人なのでシヴァガン王国直々に来賓としてわざわざ招待した! と、ドワーフたちがちょっぴり勘違いしてしまっただけなのだ。
ロベルトのサインは思わぬところで役に立った。

「ロベルト様の保証があるってことは、身元の確かなお方なんだな。
それなら、信用しないわけにはいかねぇ。
はあぁ……お嬢さん、まだ若いのに大したものだ!」

「恐れ入ります。万が一私に何か危険が降りかかった時には、従者がしっかり護衛してくれますので」

アリスが振り返りモスラを見上げると、にこりと魅惑的に微笑み、優雅な一礼が披露される。
無骨な職人たちもほうっと魅入った。
[カリスマ]の称号をこっそり小声でセットしていたのだ。

「よし、分かった! この金属球をお嬢さんに売ることにしよう。
条件として、何かあった場合には自己責任だと書類を書くことだな。商品の修復作業はしなくてもいいのか? このままがいいのか、そうか。
……あとは……これはそれなりに値がはる品だが、即金で払えるかい?」

ただのインテリアとはいえ、大昔の貴重な骨董品は高額である。
魔人族の職人たちは、一括現金払いを好むとリサーチ済み。

アリスは斜めがけしたマジックポシェットから、大きく膨らんだ袋をデデーーン! と取り出した!
ビジュアルの暴力である。
頑張って片手で机に置くと、ゴッ! と鈍い音がする。中身はもちろん金貨銀貨がたくさん。

「おいくらかしら?」

「こりゃまいった!」

親方は、がはははは!! と大きな口を開けて豪快な笑い声を響かせた。

▽アリスは 謎の金属球を 購入した!

その後、親方は実は知り合いだというロベルトについて上機嫌に語った。

「サディス宰相の娘さん、身体が弱くてなぁ。温かい魔物皮のコートを作ってやりたいってんで、雪山に一緒に登ったんだ。
雪豹を狩りに!
それがロベルト様だったってことさ!
俺はプライベートでは、ロベ坊って呼んでるけどなぁ」

「えっ!? ロベルトさん、毛皮にされるところだったんですか……!?」

レナたちが目を半月にしながら驚く。

「おうよ。がははは! だが、ロベ坊は周囲一帯のボスでかなり強かった。地形を巧みに利用してな、雪と毛皮を色調同化させて身を隠し、堅実に反撃してきたんだ。
サディス宰相は別格に強かったんで蜘蛛糸で瞬く間に縛り上げてしまったんだが、その知性ある戦い方が評価されて、捌(さば)かれずに連れ帰られたんだよな。
英才教育を受けて、魔人族の称号も取得し、今や優秀なシヴァガン王国公務員の一員になった!」

『『ひゅーーひゅーー!』』

『万能! 万能! ローベルト! ……大変そうだから、また、ご飯誘って……ゆっくり過ごしてもらう?』

『そーだねー。今朝は目の下にクマ作ってたもんー』

この従魔たちが同情するとは相当である。
個性的なメンツに囲まれている常識人ロベルトは気苦労が多そうだ……とはさすがにみんな気付いていた。

「サディス宰相、すごく強いんですねぇ」

「おう。歴代魔王様に続いて強ぇんじゃないか? ただ捕縛するだけなら、魔王様でもひっ捕らえられちまうだろうなあ。
影蜘蛛の一族はたくさんの卵の中から優秀な個体がほんの数体選別されて、育てられる。選ばれた個体に女王蜘蛛の魔力が注がれて早く孵され、他の卵は喰われちまうんだな。
だから全員がエリートなんだが、サディス様はこれまた別格だ。一族歴代のトップと言われているんだぜ。
宰相として魔王様の補佐をする影蜘蛛一族は、武闘大会後にそれぞれが立候補して、会議して就任が決まる。
宰相に就くことは影蜘蛛にとっての誉(ほま)れだ。
ただ、サディス様はずっと宰相に立候補せず、手広く政府の各部署のフォローをしていた。
おそらく実力を認められるだけの相手に巡り会えなかったんだろう。
だが……数年前に現魔王ドグマ様の武闘大会の戦闘を観て、初めて手を挙げたんだ!
サディス様もあの華やかな戦闘に魅了されたんだろうなぁ。
俺も観戦していたが、デス・ケルベロス特有の全身の血が沸き立つような闘気を思い出すだけで、ゾクゾク興奮してきちまう……! 今夜は飲まなきゃいけねぇって気になるな!
お前の親父さんだぜ、オズワルドっ!」

親方がそれはもう楽しげに語り、バシン! とオズワルドの背中を平手で叩いた。

オズワルドは尻尾の毛を逆立てながら、じとっと親方を恨めしげに見る。
怪力ドワーフの平手打ちは、オズワルドの背中をじんじんと熱くした。

「ドグマ様は道具を使った戦闘を好まないが、お前さんの防具を作ってやりたいってこの工房を訪れたことがあるんだ。
生まれて数日のお前さんも連れて来られてたんだが、覚えてないだろう?
子犬用のヘビーフルアーマープレートを発注されたんだが、引き受けるか苦悩していたところにサディス宰相がやってきて、ドグマ様はド叱られていたなぁ!
懐かしいぜ。
こうしてお前さんと直接話すのは初めてになるな」

「……どうも」

オズワルドが小声で返すと、「元気出しな!」と、また背中を叩かれる。

「ドグマ様は素晴らしい魔物の王者なんだ。もっと堂々と胸を張るといい! なんだってそんなに耳と尻尾を萎れさせてるんだか」

「…………」

「みんなの憧れの立場なんだぜ、オズワルドは」

非常識ではあるがオズワルドを思いやっていたこと、魔王ドグマの戦闘への手放しの賛辞を聞いて、オズワルドの胸中はぐるぐると複雑を極めていた。
魔王ドグマがどれほど魅力的な戦闘をするのか……オズワルドは、とてもよく知っている……。

かなり長く話し込んでしまったので、「この子、思春期なので寡黙なんです」と適当にごまかして、レナたちはドワーフ鍛治工房イーベルアーニャを後にした。
モスラの鉄扇を特注し、短剣やちょっとした防具などをレナが数点購入している。

帰り道、レナはルーカを胡乱な目で見つめた。

「……で。あの金属の塊が何なのか、きちんと説明してくれるんですよね?」

「もちろん。あとでね。超重大発表だから、みんな覚悟しといて」

『『『『『うわぁー』』』』』

「あとでレナお姉ちゃんにアレちゃんと渡すからね。
金額分のスライムジュエルをちょうだい?」

「あ、はい。おおせのままに……」

レナがアリスに返事をしたところで、世界の福音(ベル)が従魔全員の頭に響いた。

<称号:[トラブル体質]を取得しました!>
<ギルドカードを確認してください>

「ほらーー! こうなると思ったぁーーーー! いつかは取得する称号だっただろうけどぉーー……!」

レナよ、強く生きるのだ。

▽Next! 金属球のガチ鑑定

 

 

 

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