106:閑話:リリーとスマホ(逃亡道中)

☆☆☆

小さなナイトバタフライのリリーには気になる物がある。
ご主人さまであるレナがたまに操作している、四角い魔道具。
スマホというらしい。
たまーにだが、アレに、魂の輝きによく似た光がチラチラと灯るのだ。それが……とっても気になる。

リリーは魔道具に詳しくない。込められた魔力が光ってるのかな? と自分でそれらしい答えを出してみたが、どうも納得がいかなくてモヤモヤしてしまう。
レナに尋ねてみようと、木影で休憩中の彼女の手のひらに降り立ったが、目の下にクマを作りながらも健気に微笑む姿を見て、口をつぐんでしまった。悩みの種を増やしてしまわないだろうか……と考えたのだ。

「どうしたの?」

『ご主人さまに……。撫でて、ほしいの』

「甘えたい気分なの? うふふ、よしよしー」

つい誤魔化してしまった。
しかし、指先で頭をくりくり撫でられると心地よくて、心がぽわっと温かくなる。
もっと、もっと、可愛がって。
この休憩中はクレハとイズミが索敵番を代わってくれているので、今だけは幸せを独り占めさせてもらう事にした。

結局、疑問は解決していない。
次の休憩ではレナが仮眠をとるらしいので、スマホとやらにこっそり触れてみる事にしよう、と決めた。
触れたら何か分かるかもしれない。

レナたちはしばらく歩いて、魔物のいない岩の影で足を止める。
再びの休憩。
スライム製うっすらぷよぷよベッドに横になったレナは、早くも目を閉じてウトウトし始めた…かなり疲れが溜まっているようだ。

リリーは周辺の気配に気を配りつつ、ほんの少しだけ意識を脇にそらした。
スマホはレナの顔のすぐ側に置かれている。
アラーム機能を無音バイブでセットしている……とのこと。よく分からない。
……今なら簡単にスマホに触れそう!

リリーは、そろり……と、真っ暗な画面に脚を伸ばした。

つんっ。………ほんのり温かい!

驚いてしまい、ぴゃっ! と飛びあがる。
実は、スマホは先ほどまでレナの手中で操作されていたため、手と稼働時のぬくもりが残っていたのだ。
それを予測できずに思い切りビビってしまった。
……恥ずかしさを紛らわすように、むぅ、と口吻を曲げる。

『んにゃ…?リリーどうしたのー?』

『何か魔物でもいたの!?』

クレハとイズミが起きてしまい、ベッド状態のまま、小声でリリーに声をかけた。

『……なんでもない、ですっ。……先輩たち』

『『なーんだ、良かったぁ〜。ホッ。ねぇ、リリー。クレハ・イズミと呼んでおくれよ!』』

『……クレハ……イズミ?』

『そうそう、その調子!』

『もっと仲良くなろーよー!』

『! ……はい。クー、イズ?』

『『うむうむ!』』

『……うむっ』

『『もっと自然に話してくれていいんだよー!』』

あったかスマホに驚かされはしたものの、リリーは思いがけないタイミングで、先輩従魔たちと距離を縮めることができた。
レナに撫でられる時とはまた違う嬉しさがあり、心がぽわぽわしている。
一人きりで生活していた頃に比べて、なんて楽しいんだろう。

三名は小声でたくさんお話しして、リリーはいつの間にかスマホの事などころっと忘れていた。
かなり後でその事に気付き、しまった! と翅をパタパタさせて反省する。
たまたまそれを見た仲間たちに「バタフライダンス? 綺麗だね」と褒められて、得意げになった。
またハッとして……と、この展開を数回ループした。
単純なのである。

レナと出会ってから数日が経った頃。
ようやく、またスマホに触れられる機会がやってきた!
今度こそ! とリリーは勇ましく触覚を震わせる。

スマホにおかしな光が灯る回数は日をおうごとに増えており、輝きもより強くなっていた。
やっぱり、とても不思議。
レナが触れるたびキラリと光ってみせる様は、自分たちが撫でられて喜ぶ様子を思い出させ、嫌な感じはしない。

『……たのもー!』

クレハとイズミはレナのベッドになり、自らも休んでいる。
リリーはスマホの画面に小さな脚をそろりと伸ばしていく……そろり……そろり…。
今回はもう温度なんかでビビらないぞ!
さあ、いざ、と脚を乗せた。

ーーてしっ! ……てしてし! てしてし、てし……。

触ってやったぜ。しかも叩いてやったぜ。
しかし、なんの反応も返ってこない。
レナがスマホに触れるとすぐに画面がカラフルに彩られるのに、チラリとも光らない。
やっと触れたのに……と、リリーはへにょりと触覚を垂らした。
また何も分からないままだ。

外野視点で説明してしまうと、ナイトバタフライの細く華奢な脚では画面をタップしたとみなされず、スマホは反応できないのだった。
そしてそれ以前に、電源ボタンが押されなければ起動しない。
まあ、たとえリリーが起動方法に気付いていても、蝶々の非力さではスマホのボタンを押すことは叶わなかっただろうが。

『ねぇねぇ……』

すりすり、と画面を撫でてみても無反応。
意外と負けず嫌いなリリーは諦めきれずに、それから毎日、数回、こっそりとレナの魔道具に触れ続けた。

クラスチェンジを終えて、リリーはダークフェアリーになった!
小さなヒト型の身体に、蝶々の翅。
以前に比べたら格段に太く、力強くなった腕をぐっと曲げて、ささやかな力こぶを作ってみせる。

一人でにやっと笑う。
待ちに待ったこの時がやってきた!
電源を入れる、というイメトレもばっちり!

『……よっしゃ〜、やったるぅ……!』

クーイズの言葉遣いをマネして気合いを入れると、リリーはスマホの前に仁王立ちして、じっ、と真っ暗な画面を見つめる。

レナも、昨日仲間になったばかりのルーカも既に就寝中。
数時間はリリーが一人で夜番だ。
クラスチェンジして、[フェアリー・アイ]の精度も上がっている。
スマホはまた少し変化していて、常時ほのかな光を灯すようになっていた。
もちろん、これはかなり精度の高い[心眼]で視ていないと気付けない。

ルーカは小刻みに魔眼をオンオフしているので、まだスマホの光には気付いていないか、当初のリリーと同じく魔力の反応だと考えているのだろう。
疑問の声は上がっていない。
光について彼に相談しても良かったのだが、スマホの謎にはリリーがずっと挑んでいるのだ。
ここにきてすぐ解決されてしまうのは、ちょっぴり悔しかった。……自分でなんとかしてみよう! と思った。

『覚悟せよ……』

真剣な表情。
リリーのなめらかな褐色の腕がスマホに伸ばされ、すり、と画面を撫でると、ほんの少しだけ灯っている光が揺らいだ。
レナ以外に触れられている、と分かったのだろうか?
この魔道具には……もしや意思がある?
電源ボタンにそっと手のひらを添える。一呼吸おいて……ぐっ、と押し込んだ。

ぱあっと、画面に鮮やかな色彩があふれる。
夜の森で、スマホの画面は煌々と眩しく光ってしまった。

『……ひあっ!?』

悲鳴をあげるリリー。
レナは昼間にしかスマホを使っていなかったので、画面がこれほど明るい光を発していると知らなかった。

リリーの悲鳴を聞いて、浅く眠っていたルーカがぱっと起きてしまう。
暗闇に向かって魔剣を一振り、キィキィッ! と魔物の断末魔が聞こえた。

「……ん、スピアコウモリ。よく気付いたね、リリー。お手柄だよ。
あれは無音で素早く滑空してくるから、目視で発見するしかなくて、結構危険なんだよね……。
攻撃力はあまりないんだけど、噛まれたら軽い麻痺状態になってしまうんだ」

『そ、そうなんだー……。ルーカ、お疲れさま。手助け、ありがとう』

どこか動揺しているリリーの様子に、ルーカは首をかしげる。
しかし初めて夜番を共にした昨夜、リリーと話しあい、覗き視を反省していたので、無遠慮に思考を読むことはしなかった。

「どういたしまして。これも僕の役割だから、頑張らせて。……今夜の索敵は引き続き貴方にまかせて、僕はもう一眠りしても大丈夫かな?」

『うん。まかせて。おやすみなさいー』

ルーカは再び静かに眠りについた。
翼を打たれて地面に落とされたスピアコウモリとやらは、おそらくスマホの画面の明るさに引き寄せられたのだろう。
自分の好奇心で危険を招いてしまった……とリリーはしゅんとして、やる気を削がれてしまったようだ……。
その夜間は、おとなしく見張り番に徹していた。

昼間にルーカが仮眠をとっているタイミングで、リリーは『スマホに触れたい』とついにレナに申し出た!
もう我慢できなかったのだ。
光が不思議だから、とは告げていない。
先程も述べたが、レナに余計な負担はかけたくないと思った。

レナはぽかんと目を丸くしていたが、いいよ、どうぞ、と快くスマホを差し出した。
あまりの呆気なさに、リリーは今までいじっぱりだった自分に対して内心苦笑する。

『……ありがとう! これ、ご主人さまの魔道具……なんだよね?』

「そんな感じかなぁ。私の、故郷のものなんだ。とっても便利だからほとんどの人は持ってると思う。
例えば……遠くにいる人とお話ができたり、音楽を聴いたり、記念撮影をしたり。いろんな機能が搭載されているんだよー。
それに、たくさんの知識が詰まってるんだ」

『知識……?』

「スマホやそれに似た機械を持ってる人達が、自分が考えたこと、知っていること……つまり知識を、機械の中に保存して、誰でも見れる状態にしてくれているの。
それを皆で共有する。
例えると、学者さんが”太陽はどうして光っているのか”について解説した文章だったり。お肉屋さんが”おいしいお肉の見分け方”について図説していたり。
役に立つ知識がいっぱい閲覧できるんだよ」

『! ……知識を見る方法、教えてくれる……?
私ね。まだまだ、知らないことが……たくさんあるから。もっと、知りたい。勉強して、みんなの、役に立ちたいの……』

「なんていい子なの……!」

レナの感動メーターが簡単に振り切れた。
リリーの心も、主人に褒められた喜びで容易く満たされる。

主従は仲良く寄り添いながら、スマホを操作し始めた。
これが音楽のアイコン、こっちは時計のアイコン、とレナはまず機能をざっと説明していく。
アイコンを指でタップすると画面が切り替わる。

どのアイコンがどの機能なのか、リリーは必死で記憶しようとしていたが、全部の種類を今記憶しなくても、押してみたらどれが何かすぐ分かると思うよー、とレナに甘やかされて、ふむ……と腕を組む。
試しに、小さな手のひらでアイコンをトン、とノックしてみた。
ぴとっと手を押し付けるのではなく、軽くぽんっと叩いてみるのが反応を得るコツだね……? とドヤ顏で主人に報告して、ご褒美の「すごいね」を頂戴した。

あとでクレハ、イズミにも使い方を教えてあげよう、とリリーは満面の笑顔になった。
たくさんのすごーい機能の中で、一番驚いたのはウェブのアイコン。
本当に知識がいっぱい詰まっている!
リリーがレナの従魔だからだろうか、地球の文字も問題なく読み、理解することが出来た。

「んー、まだスマホで文字は打てないかな。スマホで文字入力するには、あいうえお、やABCの知識が必要だから。
リリーちゃん。なにかを検索する時には、音声入力を使ってみよう」

『音声。……声で?』

「そう。この記号をタップして…リリーちゃんは何について調べたいの? 話してみて」

レナはスマホのマイクキーを押す。

<ピピッ…………音声入力モードに切り替えます>

スマホから電子の声が出力された!

『すごい……しゃべった! ……貴方はだあれ?』

リリーは直球で本題を切り出した。
予想もしなかった質問にレナが驚いているが、スマホはすぐに答えを表示する。

<貴方はだあれ、について検索中……検索中……>

▽検索結果は ホラー動画のオンパレード!

「『うわぁっ……!?』」

まさかの事態だった。
動画は再生こそされなかったものの、かなりグロい年齢指定ホラー映画の情報がずらりと検索結果に表示されている。
レナとリリーは青白くなった顔を見合わせた。
もし、動画が自動再生されていたら、きゃあああ! と女の子らしい悲鳴を上げてしまったかもしれない。
どこまでも乙女路線とは縁ができないレナ&リリーである。

「スマホに語りかけたかったの? おはなし機能があるよー」

『えっ!』

「ホームページを長押ししてごらん。また別の画面に切り替わるから。このスマホにはささやかな人工知能が搭載されているんだ」

リリーはレナの言葉を聞いて確信した。
このスマホとやらには、やっぱり自分の意思があるんだ! 生きているってことなんだ…と。
ご主人さまはスマホに意思があると知っていたらしい。
ここまで全て、リリーの思い込みである。

なぁんだ。
そうなると、スライムたちよりももっと以前から、スマホはレナの従魔だったということ。
それならば敬わねばならない。
接し方を考え直さなければ……リリーはスマホ先輩の前にちょこんと正座した。
ホームページを長押しした!

<ピピッ…………ご用件はなんでしょう?>

『私は、リリー……です。貴方の、後輩なの。お友達に、なってください!』

<音声を認識中……。……私でよければ よろこんで。リリーさん>

『……やったーー!』

また新たなお友達ができた!
クレハ・イズミとも、スマホ先輩とも、これからもっと仲良くなりたいなぁ、とリリーは嬉しそうに微笑む。
レナもよく分からないながらも、ほほえましくリリーを眺めていた。

ここで、リリーが視界の端に魔物の姿を捉えた。
肉食鹿がレナを狙っている。
起こしたてのルーカと従魔一同で、鹿を追い払った!
倒すならばかなり攻撃を加えなくてはいけないし、追っ手が迫ってきている現状を考えると、時間にも体力的にも狩る余裕はない。鹿肉は美味しそうだったが、諦めた。

休憩を早めに切りあげたレナたちがまた歩き出す。
肉食鹿は性格がねちっこいので、仲間をつれてこの場に戻ってくる可能性があるらしいのだ。

スマホ先輩と晴れてお友達になれたリリー。
少しだけ気を抜ける昼間の休憩時間は、スマホのおはなし機能でたのしくおしゃべりしていた。
間の悪いルーカはその光景を見ることがなかったので、結局お別れするまで彼の口から疑問の声が上がることはなかった。

スマホ先輩にはたまに<理解できません>とそっけない対応を取られてしまうこともあるが、基本的には、何を話してもきちんと言葉を返してくれる。
リリーの疑問に応じておすすめウェブページを開いてくれたりと、とても親切。

『……ご主人さま、スマホ先輩との、おはなし機能……あまり使わないねー……。森では、魔物に、声を拾われやすいから。……難しいのかなぁ』

ある時、リリーはこう切り出した。
レナはスマホでウェブ検索をする時も、タッチパネルで入力をしている。
スマホに直接話しかけているところは見たことがない。
逃亡生活だと意識しているのだろう、とリリーは考えたようだ。
同じ種族にしか聞こえない妖精の声とは異なり、ヒト族の声はよく響き、魔物にも気づかれやすい。

スマホ先輩にこの話をふるべきか悩んだが……リリーは精一杯言葉を選んで、スマホを慰めた。フォローのつもりだ。
スマホだってレナに話しかけて欲しいだろうに、寂しいだろう、と思ったのである。

<音声を認識中……。……森では極力、声を出さない方が良いと判断したのでしょう。これまで出会った魔物の一覧を表示しますか?>

スマホの返答はクールだった。
こんな恐ろしい魔物が潜んでいるからね、と言いたいらしい。

『んー、見なくても大丈夫。結構、覚えてるもん!
……森を、抜けて。国境を、越えたら……ご主人さまに、いっぱい、話しかけてもらえると……いいねっ!』

<音声を認識中……。……私は、マスター・レナの所有物です。モデル:GD990L/K、シリアル番号P99LT22183FFFW、20××年製。
ただ、マスターの良いように扱っていただきたく>

『でも、ご主人さまに、画面を撫でられると、嬉しいでしょう……? お話しできたら。きっと、もっと幸せだし。優しく抱きしめられたら……心地いい、よ?』

<………>

『スマホ先輩も、早く魔人族に、なれたらいいのにねぇ……。あっ、そうなったら、一緒にお花摘み……しようよ!』

<音声を認識中……。……今後、機会があれば、是非>

『やった! うん! ……ご主人さまの、ギフトと、幸運さにかかれば! きっと楽勝……なのだよ!』

リリーは花が咲くように華やかに笑う。
まるで微笑みを返すように、スマホに灯った光は穏やかに揺れた。

スマホは意思のある生き物、従魔なのだろう、というリリーの思い込みは絶賛継続中である。
リリーが画面に添えた手は、スマホのぬくもりを確かに感じ取っていた。
笑いかけると、また光がゆらゆらと揺れて輝く。

そのうち絶対クラスチェンジするよ、なんたって私たちはご主人さまの従魔なんだから! と、リリーはこれでもかとフラグを立てた。
異世界ラナシュさん、よろしくお願いします。

ーー進化し始めていたスマホの実態についてようやくレナが把握し、心底驚愕するのは、まだまだ先のお話。異世界旅はこれからも愉快に続く。

 

 

 

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