100:契約?

「オズワルドはデス・ケルベロスと、我が妻、巨人族の女傑ツェルガガの子だ。
……ん? 何か物言いたげな顔をしているな。
なぜ子がブラックドッグなのか知りたいか。そうか!
説明してやろう!
ヒト族には、魔人族の交配について知らないものも多いらしいからな。お前も魔物使いならば、今後の参考にするといい」

「うちの子たちの、結婚っ……!? まだ、まだまだ……早すぎると、思いま、ずうっ……!」

レナの涙の堤防が決壊した。早い。早過ぎる。
さすがの魔王も困惑して一旦話を中断し、淫魔ネレネを振り返った。

ネレネが「まぁかわいそうに、心ない言葉に傷つけられちゃったわね」とちゃっかり魔王をディスりつつ、だばっと溢れたレナの涙をハンカチで優しく受け止めてやる。
この場面でルーカよりよほど早く動ける辺り、ネレネは対人百戦錬磨なだけあった。

オズワルドが首を傾げて、レナと、ご主人様と離れたくなーい! とぎゅうぎゅう主人に頭を擦り付けて主張する従魔たちを見ている。

一瞬で場の空気がレナパーティらしく塗り替えられてしまった。
ーーこの圧倒的なオカン力をとくと見よ!

予想外の反応に毒気を抜かれてしまった様子の魔王が、少々気まずそうに頬をかき、テンションを下げて話を続けた。

「……あー、その、なんだ。例え話だ。そう気にしてピーピー泣くものではない。
腹に入らなかったならば、お前たちらしくやればいいと思うぞ」

「……! ……そう、ですよね。まずは交換日記からですよね。ゆっくり、ゆっくり、ゆーっくりでいいんですよね。相手の見極めはしっかりと、ですね。
取り乱してすみません」

レナは名残惜しそうに従魔たちをそれぞれひと撫ですると、大人しくベッド上で待機していたルーカに預けた。
話題に怯えている様子だったので、こちらも頭を撫でて落ち着かせてやる。

(……う。ごめん。
魔王ドグマはレナを試してたよ……。魔王の息子をテイムしてみないか、と言った時に、強い魔物をテイムできるからと喜んで頷いていたら、「息子が好まなかった」と言ってレナに教育を任せないつもりだった。
これまでの魔物使いは、おそらくそこで弾かれたんだろう)

(しくじったぁーー!? でも、なんとか逃れる方法を探ってみますね……)

感情の上澄みをルーカはこっそりと読み取っていたらしい。
レナはルーカに苦笑を向けると、魔王に向き直る。
あんにゃろう、もう得意げに尻尾を揺らして、テンションを持ち直している。

「うむ! 相性は大事である!
それに希少種の魔物は総じて寿命が長いものだからな。納得のいくまで相手を選定すればいい。別に1人でなくともよい。
魔人族はそれぞれに独自の生態を持つものたちが多いのだ、魔物使いレナ。
子を産めばオスを喰らうメスもいるし、一夫一妻を生涯貫く種族も、オスが複数のメスを独占する、または逆の場合もある。
それを知らず恋情にのみ溺れると、互いに苦しむことになると、従魔たちに教育しておくといい。

ごほんっ。……説明を続けよう!
魔物の子の種族について。
まずは、魔物が同種同士で子を成した場合だ。
底辺の魔物同士ならば、まったく同じ種族の魔物が生まれる。
数段階クラスチェンジした後の魔物同士なら、親が生まれた時の種族か、一度二度クラスチェンジした当時の種族として生まれてくる。
この差は、まあ運だな。
次は、異なる種族の魔物たちが子を作る場合。
犬と狼など、種族の特徴が近しいものは魔物の状態でも番うことが可能だ。
まったく異なる種族が子を欲する場合は、魔人族の状態でならば子を成すことが出来る。
その場合、子は両親のどちらかの種族の下層の子として生を受ける。種族は混ざらない。
我は生まれが碧眼犬、次のクラスチェンジで金眼のブラックドッグとなった。
よってオズワルドはブラックドッグとして生を受けたということだ。
ブラックドッグは希少種の魔物だが、さらに、オズワルドは一般的な個体よりもかなり優秀だぞ!
我と妻の子ゆえに!」

魔王は誇らしげに語って、ニヤリと牙を見せて笑う。
また、覇気が滲んできていてレナパーティは肌が粟立っていたが……魔王は己の家族が好きなのだろう、と少しだけ好印象を持った。

これまではただの自己完結自由人という認識だったため、総じて人物評価は低いままなのだが。

家族想いなのは素晴らしいことだ、とレナは感じるも、それが今回の訪問に繋がっているのだから頭が痛いところである。
伸び悩んでいるらしい息子オズワルドの成長を手助けさせようと、魔王は魔物使いレナの元を訪れた。
望まれているのは、モンスターテイム。

もしテイムした場合の問題点は、魔王国と強固な繋がりができてしまうこと。
そして……今までは弱い種族の魔物を育ててきて、現状が従魔たちのこのトンデモ成長なのだから、元々優秀なモンスターを育てた場合はどのような存在になってしまうのか……というところだ。

新種の魔物であるモスラが、2度のクラスチェンジで、エンペラークラーケンを軽々屠る巨大蝶々になったことを考えると、魔王の息子の行く末など想像もつかない。
親とまったく同じ、ケルベロスになる訳でもないだろう。
クラスチェンジ先は、その魔物の経験によって変化するらしいのだ。

まごうことなき厄介ごとである。
レナは必死で頭を回転させて、なんとか言葉を絞り出す。

「奥様を誇りに思っていらっしゃるのですね。
……ところで、今回の息子さんの従属について、ご家族の皆さまは同意なさっているのでしょうか?」

この人の話を聞かない魔王のことだから、独断でオズワルドを連れ出しているのではないか、まさか魔王の子を国外のたかだか一旅人に従属させるなど、許可されていないのでは……と考えた。
ここで「同意されている」と言われればチェックメイト同然だが、それはこのまま流されていても同じ未来が待っている。
レナは勝負に出た!

「知らぬ。子はオズワルドだけ、妻ツェルガガはすでにこの世を去っているからな」

「……お悔み申し上げます。辛いことを話させてしまって申し訳ありません……」

どこに地雷が埋まっているか分かったものじゃない……!
レナは冷や汗ダラダラで唇を引き結んで、深く深く首を垂れた。

「いや? 妻の最期は誠に立派であった。
誇りに思えど、死を悲しいと感じたことはないな。せっかくだ、これも話していこう!
誰かにこのことを話すのはいつぶりだろうか。
いいぞ、大層気分が良い!」

魔王がテーブルまで大股に数歩移動して、どかっと椅子に腰掛ける。
「お前もそこに座るがいい、許す!」と声をかけられたレナの顔が相当疲れている。
ついに腰を据えられてしまった……。
仕方なく自分も向かい側の椅子に浅く腰掛ける。

ご機嫌な魔王はオズワルドをひょいっとレナに手渡してみせた。
レナが受け取るものと確信して「ほれ」と途中で手を離したので、慌てて受け止めるしかなかった。

腕の中にオズワルドを抱え込んだレナは、金眼でチラリと見上げられ、力のない愛想笑いを返すしかない……。

魔王は気にしない! 微妙な空気など読まない!

「巨人族のツェルガガは、身長4メートルの身も心も強大な勇ましい戦士であった。
初めて姿を見たときは心が躍ったぞ。
あれはジーニアレス大陸でも有数の危険地帯である死の山岳で、我が強くなるために周囲の魔物を根こそぎ狩っている時だった……」

「出会いから!? 丁寧なご説明、痛み入ります……」

<ありがたくなーーい!!>

「そうか! ははっ! ツェルガガは一人きりで旅をして力を磨く、はぐれ巨人族であった。
強者を探して死の山岳を訪れ、無双するオルトロスを見て興味を抱いたらしい。
正面から堂々と姿を現し、出合い頭、我に問いかけてきた。
どうやら意思ある魔物のようだな? 勝負をしよう! と。ヒト型に近しい魔物種族は、魔人族にならずとも言葉を通じさせられる。
我は、咆哮で応えた!
まだ魔人族になれなかったからな。
愉快そうに笑ったツェルガガは、驚くべき速度で襲いかかってきた。
打撃一発で小山を粉砕し、蹴りで木々をなぎ倒し、地に足をつけた衝撃で地面を陥没させる戦いぶりのなんと見事なことよ!
手には巨大な棍を持ち、防具は胸当てと腰巻き、関節を覆う布のみ。
しかしながら、岩をも噛み砕いた我の牙も、隆起させた筋肉で受け止めて見せた。
本気で攻撃して、生物の骨まで牙が到達しなかったのは初めてのことだった……!
今でも鮮明に覚えているぞ、感動したな!
お互いが満身創痍になるまで戦い、疲労して膝をつくまで、朝も夜も問わず戦い続けた。
たまたま当時の強さは同じくらいだったのだ。
力を認め合った我とツェルガガは、それから連日死闘に明け暮れた。
怒涛の勢いでレベルが上がっていく感覚は最高に甘美であった……弱者を薙ぎはらうよりよほど快感だったのだ。
互いの弱点も、強さもこの世の誰よりもよく知っている。
これ以上の好敵手(ライバル)はいないと今でも確信している! ふはははははは!!」

(好敵手って。これ、夫婦の馴れ初め話なんだよね……? というか、核心までが長い!)

「そう表情で急かすでない、魔物使いレナ!」

(鎮まれ、私の表情筋ッ……!)

「ふむ。ではそろそろ婚姻の話に移るとしよう。
戦いの中で我がデス・ケロベロスにクラスチェンジし、明確に強さに差が現れた時。
ツェルガガを組み敷き、喉元を噛みちぎろうとしていたのだ。
……そこでふと、ツェルガガを失くすことが惜しくなった。
この存在以上に、我を楽しませる者などこの世にいないのではないか、と思ったのだ。
ツェルガガを解放して初めて魔人族の姿になり、話をしようと語りかけた。
あやつは我の姿を見て大層驚いていたが、同じく魔人族の姿となり、同じ目線で話し合うことになった。
ツェルガガと闘うことに最上級の楽しみを見出しているのだと告げると、あちらからも同じ回答が返ってきた。
そこで、殺しきらない範囲で今後も鍛錬をしようと約束したのだ。
自分の意思を言葉で伝えることができる感覚はなかなか面白い。
あれこれ話している最中、ツェルガガの衣類がヒト族のこじんまりしたものに変化している件を問いかけると、魔王が治める国の魔道具の効果だという。
そこで、シヴァガン王国を共に訪れることにした。
後の魔王選抜武闘大会で、あまたの魔物を蹴散らし頂点に立ち、我は国王として名を轟かせたのだ!」

長い。まだまだすこぶる先が長い。
いったん席を外したネレネが、皆に紅茶を配り始める。

レナがほうっと一息ついて、ルーカもぬるめの紅茶を堪能し、従魔たちは魔物が好むシロップ水を口にして笑顔になった。
熱い紅茶で舌を軽く火傷してしまった魔王がネレネをギロリと睨むも、「まあ怖い。お察しになって下さいませ」と笑っていない流し目で見つめ返された。
我が物顔でお宿♡に長時間居座られて、苛立ってきているらしい。

「ちっ。国王となった時、優秀な魔物は遺伝子を残すべきだと周囲の者たちに急かされてな。
ツェルガガを妻として迎え、子を成すに至った。
ただ……両親が強大な力を持つもの同士だった場合、腹の子は優秀な能力を持つ代わりに、母体に多大な負担をかけることがある。
特に他種族同士の婚姻の場合は、妊娠から出産するまでは魔人族の状態から変身できないため、母体の衰弱が激しい。魔物状態の方が頑丈だからな。
子が成長しきらず、母と共に死ぬケースも稀にある。
ツェルガガも、幾度も生死の境を彷徨った……腹の子を殺す手段もあるぞ。悪魔(デーモン)の一族に依頼すれば良い。
選択肢として、我はそれを考えなくもなかったが、ツェルガガは腹の子を産むのだと言って譲らなかった。
子を守りきり、新たな命を産み落とし、凛々しい顔で最期を迎えた。
どうだ。我が妻は素晴らしい者であろう!」

「愛情深い方だったのですね……はい。とても素敵な方だと思います」

レナはしっとりと瞳を潤ませて、膝の上でくつろいでいるオズワルドに視線を落とした。
耳をへにょんと折ってぷいと横を向いている。
難しい話題だ。子どもは子どもで、思うところがあるのだろう。
それでも、父の語りを聞いて、亡き母からの愛情を感じとっているはず……と、レナはあたたかい気持ちで黒い毛並みを眺めた。
きっと柔らかくて触り心地が良いのだろうが、自分が軽々しく触れていいものではない……と眉尻を下げる。

「まあ、そんなこんなで息子オズワルドは素晴らしい能力を秘めている。
いつしか息子と闘技大会で戦いたいと思っているのだ!
魔物使いレナ、できれば今期の大会までに成果を期待している! オズワルドをよろしく頼むぞ!」

(ほら、コレーーーーー!!)

和んでいる場合ではないのだ。
魔王の話はつらつら長すぎるか、極端に端折られているかの差が激しすぎる!
流され、ただ相槌を打ち続けていれば、全て決定事項として、あちらの思うままに話が進んでしまう……!

「できません!」

レナがついにハッキリと口火を切った。

「ほう……? なぜだ?」

魔王もさすがにレナの意思を理解して、初めてレナに対して眉を顰めた恐ろしい顔を向けてみせる。
レナは青ざめて恐怖しているものの、力強い眼差しで魔王を見つめ返す。

膝の上でピクリと反応したオズワルドには悪いが、従魔たちを抱える主人として、主張しなければならない。

「責任が持てないからです。
私は、自分の旅の仲間として今の従魔たちをテイムしました。
私に従属して力をふるってもらう代わりに、愛情をたっぷり注いで生涯可愛がろうって心に決めて。
従魔たちはたまたま希少種の魔物に進化しましたが、それは運が良かっただけで、私が特殊な鍛錬のノウハウを持っているわけではありません。
私がこの子たちに望んでいるのは、生活するために必要な自衛や、狩りの戦力のみなんです。
それ以外はそれぞれの幸せのために行動して欲しいし、婚姻も……いずれは主人としてサポートもするつもりでいます。
主人と離れてやりたい仕事があるなら、近くにいなくてもいい。
その子がもし助けを求めてきたら、何としてでも駆けつけて手を差し伸べるまでです。
でも、もしオズワルド君をテイムした場合は、期限内に『本人の成長』の成果を出すこと、シヴァガン王国と深く関わりを持ち報告すること、息子さんを傷付けないよう護衛することなど……様々な条件が加えられますよね。
ドグマ様に依頼された”お仕事”になります。
魔物使いの職業をビジネスとして活かすことは考えていません。
責任を負う覚悟がないので、お約束なんてとてもできません。
私は自分の家族として従魔を可愛がることしか考えていませんから」

「……ふむ」

レナは魔物をテイムする時、たとえ優秀な能力を持たなくても、自分に懐いてくれなくても、それぞれの魔物生に責任を持つ! と覚悟して行動している。
可愛いから、絶対に強くなるから(レア・クラスチェンジ体質のことはまだ魔王国に知られていない)とホイホイ無責任にモンスターテイムしている訳ではない。

自分にとって有益な魔物使いという職業とギフト。レナはこの世界で生きていくため以上に、この職業を発展させるつもりはない。
他人にとっての便利屋になんてなりたくないのだ。
魔王の子の教育者という箔付けも望まない。

真剣な表情のレナを、魔王は瞳を細めて眺めている。
主人の背後の従魔たちは、レナの言葉を聞いて満足げにドヤ顔をしていた。

レナは膝の上のオズワルドに「ごめんね」と申し訳なさそうに小さく声をかける。
オズワルドが身じろぎする。
魔王が、にいっと凶悪に口角を吊り上げた!

「よい。許す!
定期的な報告のために城を訪れることは望まん。我が散歩がてら、たまにそちらに向かおう。光栄だろう!
多少の怪我など成長の糧だ、オズワルドが死ななければ厳しい特訓も問題ない。認めよう。
息子の望むままに鍛えてやるといい!
それでは、我が息子を本当の家族のように可愛がるといいぞ、魔物使いレナ!」

「へええっ!!?」

なんという超解釈ーー!! 違う、そうじゃない!!

思わず珍妙な悲鳴を漏らしたレナ。仕方あるまい。
従魔たちも口をポカンと開けて驚愕の表情で魔王を見つめている。
幼い魔物たちにだって、レナの言いたいことは理解できたというのに、魔王は馬鹿なのだろうか!?
故意犯だったなら、ネギで喉を突いて悶絶しろ!

思考停止してしまったレナは……ふと、視界の下部にまぶしい赤い輝きを見て、ぎょっと下を向く。

……オズワルドが黄金の瞳で、レナをじいっと見上げている。
オズワルドとレナの間に、|赤い(・・)光の軌跡で従魔契約魔法陣が描かれていく……!

通常の青白い魔法陣とは様子が違っている。
そもそも、レナは[従魔契約]スキルを使用していないというのに、何事だろうか!?

「ははっ、ふははははは! そうか、そんなにその魔物使いが気に入ったかオズワルド!」

「……”逆契約|懇請(こんせい)”、ねぇ……」

ネレネがほうっと香るようにため息を吐いて、あらあら……と呟く。

「ど、どどどどういう事でしょうかぁ!?」

「ん? なんだ、お前はコレを知らなかったのか?
まあ前例もそうないうえ、ヒト族にとってはさほど重視されない魔法かもしれないな。
我らにとってはかなり重要なものなのだが。
[逆契約]……長いのでこう略している。
これは、我ら魔物や魔人族たちが、魔物使いに対してこちらから従属契約を請う魔法だ。
中級以上の魔物は皆この[逆契約]の発動方法を本能的に知っている。
能力が低い低級魔物たちは仕組みが理解できないらしい。
これを実際に発動させる者はごく稀にしかいない……。
なぜなら、信頼するに足る魔物使いが現れる機会などほぼ皆無であり、もしも契約を拒絶された場合には……レベル・能力が現状の半分になり、数ヶ月間どれだけ鍛錬しようとも経験値を得る事ができなくなるのだ。
自然界においては、自分から死を選ぶようなものだな。
しかし、オズワルドはよほどお前に鍛えられたいらしい!
めでたい事だな!」

ひいいい! という悲鳴すら喉につっかえて出てこず、レナは白目を剥きかけている。

「オ、オズワルド君自らが、契約魔法を取り下げることは不可能なのですか!?」

「それはすなわち、拒絶されたとみなされるだろう」

「ゔ〜〜〜〜……!!」

魔王の1人息子の弱体化を誘ったとなれば、レナパーティにどのような酷い悪評が付きまとうだろうか。

事情を知っている魔王本人はともかくとして、魔王国政府からは厳しく追及されるであろう。
厳罰もありうるかな……と、レナの思考はいくつもの最悪を想定する。
一番の最悪はこの魔王の存在である。だがそんなことはどうでもいい。

魔物使いは、自分を慕ってくれる従魔たちを守らなければならない……!
レナがごくりと大きく喉を鳴らし、生唾を飲み込む。
ーー目が据わった。

「あと30秒……[逆契約]の制限時間は、3分間だぞ」

「だあッ!! ……魔物使い藤堂レナは、ブラックドッグのオズワルドを従魔として受け入れます……!
うちの教育方針に従ってもらうんだからね、覚悟なさい、オズくん! バルスッ!!」

レナが気合いの一声とともに、赤い契約魔法陣に腕を突っ込み、魔王の息子オズワルドを抱き上げた!
世界の福音(ベル)が高らかに鳴り響く。
うるせぇ!

<[従魔契約]が成立しました!>
<従魔:オズワルドの存在が確認されました>
<従魔:オズワルドのステータスが閲覧可能となりました>

<職業:魔物使いのレベルが上がりました!+1>
<スキル:[仮契約]を覚えました>
<ギルドカードを確認して下さい>

今回の通知には何やらレナの妙なスキル取得も入っていたが、レナは一心不乱にオズワルドの毛並みを撫でることに忙しい。
ヤケクソである。
運動音痴のレナにしては驚くべき速さで、しゃかしゃかと手が動いている。

オズワルドは心地よさそうにダランと手足を伸ばしてリラックスしている様子だ。
ベッドの上の先輩従魔たちからただならぬ殺気を送られているのだが、親に似てマイペースなのだろうか。
あとで金色もふもふに埋もれて全員撫でくりまわして癒されよう……! と、レナは必死で己を慰めていた。

「なかなか上手いではないか、魔物使いレナ。
オズワルドの毛並みを整えるブラシを置いていこう」

ごとっ、とテーブルに黒漆に金の装飾、宝石まみれのブラシが置かれる。

レナはドスの効いた声で「ありがとう御座います」とゆっっっくり返答した。

魔王はへこたれず、快活に笑うばかり。
見事な尻尾がご機嫌に揺れていたので、ブラシでギシギシ逆なでしてやろうか! とレナは脳内で魔王をめった打ちにして再び己を慰めた。

「……ところで、魔王ドグマ様。蜘蛛(・・)が集まってきていますわ。フロントと廊下を糸まみれにされてしまうと困ってしまいます。
そろそろ連れて帰って下さらないかしら?」

「……もうここまで辿り着いたのか!
宰相の使役する小さな朱蜘蛛は、本当にうんざりするほど優秀だな。
まだしばらく話し込むつもりでいたのだが……まあ、仕方ない。
そろそろ我は立ち去るとしよう。……奴に捕縛されると面倒だからな」

ネレネが扉にぶら下がっていた1センチの極小の蜘蛛を皆に見えるようにつまんで、魔王に(いいかげんにしろ)と暗に苦言を呈した。
「帰れ」はハッキリ口にしている。
やんわりとたしなめるタイプの淫魔ネレネにここまで言わせる者などそういない。

ネレネは話し合いの仲裁をそろそろ考えていたのだが、まさか[逆契約]が発動されてしまうとは予測できず、「レナさんとルルゥお姉様に悪いことしちゃったわ……」と考えて落ち込んでいる。
魔王の素行には苛立っていたので、後で詳細に政府に報告するのだろう。

レナたちは半眼で、ややヤル気なさげに魔王を見送る体勢である。
オズワルドも同様。
父親と、育った城から離れて暮らすことには特に抵抗がないらしい。

登場当時は敬うべき存在だと見られていた魔王ドグマは、この数十分でものの見事に威厳を失っていた。

本人は気にしていないのでやってられない!

「そこの金色のがネコミミヒト族とやらだな?」

「! ……初めまして、魔王ドグマ様。ルーカティアスと申します。仰る通り、私が新種族となった者です」

ルーカが警戒しつつ、ベッドから降りてお辞儀する。
金髪がさらさらと流れ落ち、ヒト族の耳がちらりと見えた。

「報告は受けていたが、耳が4つあるなど、珍しい存在だな。
一応ヒト族という判定があるため、職業の恩恵を受けることができる。そのうえクラスチェンジによるステータス値の増加、さらに獣化も可能……これはまた先が楽しみではないか!
魔物使いレナの教育もあるならば、いずれ強者となるのだろう。
その時には、また我が勝負に誘いに参る!
気合いを入れて鍛錬に励むがよい!
ロベルトに獣化の指導をするよう、我から命じておこう」

「………………大変光栄なお言葉、ありがとうございます」

<ありがたくなーーい!>

「そうだろう! では、また来る!」

(来なくていいのに!)……という全員の絶叫を魔王は聞くことなく、皆の前を颯爽と大股で歩くと、窓から飛び出していった。

彼も獣人らしく、身のこなしは軽やかなものだ。
魔王本人の指導ではなくロベルトにルーカの獣化を命じようと決めたのは、魔王ドグマは他者に物事を教えることが絶望的に下手だからである。

持ち前の高い能力で全てを「なんとなく」こなしてしまうため、説明に置き換えられないタイプだった。

土足で窓枠を踏まれたネレネが額に青筋を立てている。
この怒りの矛先が向くのは、どこになるだろうか。

「……あっ」

疲れきったレナたちがぼうっと窓を眺めて、しばらく動かずにいると、オズワルドがレナの膝から飛び降りた。
そしててくてくと音もなく歩いて、1人掛けのソファに飛び乗ると、くあっとあくびをして尻尾に鼻先を埋めてしまう。

魔王が去ったらお互いの自己紹介から始めようか……と思っていたレナは、オズワルドの思わぬ動きに戸惑っている。
自分から従属申請をしてきたのだから、最初から懐いてくれるのかな? と思っていたのだ。
しかし、どうやらそう容易くはいかないらしい。

離れていったオズワルドとの心の距離を感じて、レナは困ったように先輩従魔たちと目を合わせ…………あっ、ヤバイ。後輩の態度にすこぶる怒っている。
トラブルはまだ立ち去っていなかった。

「……貴方たちが望まない展開になっちゃって、ごめんなさいねレナさん……。
もっと早くに私が間に入っておけば、何か変わっていたかもしれないのに。後悔しているわ」

「あ。いえ……ネレネさん、落ち込まないで下さい。
ネレネさんはたくさん助けて下さいました。
魔王様の訪問も、オズくんの従魔契約もすごくビックリしましたけど……彼を従魔として迎えたからには、仲間たちと幸せに過ごしてもらえるよう、私は主人として手を尽くすまでです。
オズくんは次期魔王っていう立場がありますし……そこは責任がとても重いし、不安もあるんですけど。
これまでの子たちのように、愛情を持って接して、ゆっくり歩み寄っていきたいと思っています」

「貴方は優しいわね。ありがとう。
……次期魔王がオズワルドだと思っている? そこも説明が必要ね。魔王様はほとんど説明して下さらなかったから」

「え?」

「これからここを訪れる人物に色々聞きましょう」

それって……宰相ではないのだろうか?

ネレネが朱蜘蛛をぷちっと指先で潰すと、朱色のほのかな煙と共に消滅した。
影蜘蛛の一族が使役する探索用のちいさな蜘蛛は、魔人族の影から作られた分身体である。生物ではない。

「せっかくだから、彼に窓枠の清掃もこなして頂こうかしら……」

ネレネはかなり怒りを蓄積させていたようだ。
あの曲者の魔王を管理しきれなくても仕方ないと思わなくもないが、こちとら被害を被って迷惑しているのである。
怒って何が悪い。

それでは……カモン! 宰相! レナと一緒に苦悩しようぜ!

▽Next! 宰相来訪

 

 

 

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